・短編G・

□素直になること
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「みや!」



後ろから引き止められる。
誰か、なんて考える必要はない。
この学校であたしをこんな風に呼んで引き止める相手は一人しかいないのだから。



「…なに」



わざわざ振り返って対応してあげる理由は一つ。
どうせ無視しても、こいつは回り込んで真正面に立つからだ。
手懐けられてる感じが少々腹立つけど。



「今からお昼でしょ?みやの分のお弁当作ってきたから!」



そう言って満面の笑みでお弁当を掲げるこの人を嫌だと思わない時点で、あたしは随分丸くなっているようだ。



―――――



「なんで急に…」



「いつも購買のパンだと栄養足りないよ」



「夜に何食べてるか知らないくせに」



「わかるよ、カップラーメンとかでしょ?」



「……いただきます」



「召し上がれ」



図星だ。
でも別に困ってないし。
余計なお世話っていうか。

でも、嬉しくないわけじゃない。

お弁当なんていつぶりだろうか。
しかも、人が作ったお弁当。

……まぁ、嬉しい。



「どう?食べられる?」



「っ…!」



なんだその聞き方。
おいしい?とかじゃないの?
食べられるかどうかなんて自分で検証してきといてよ。

思わず吹き出しそうになってしまったのを抑えて、ちゃんと噛んで、ごくん。
不安そうにあたしを見つめる舞美から目を反らす。
そんな見られたら恥ずかしいってば。



「…ん、普通」



「あぁああ!よかった!食べられるんだね!」



だからその言い方…って、この感想でも喜ぶのか。
どんだけ自信なかったんだか。
あたしが素直じゃないことくらい、考慮してほしいんだけど。



「いただきまーす」



自分も食べ始める舞美。
うんうん、大丈夫だ、とか言いながら食べ進めていく。

なんだろうな、正直な感想言った方が良いんじゃないかなって。
たぶんもっと喜ぶじゃん。
いや、たぶんじゃないな。
絶対。



「あー…うん…えー、あぁ…んっんっ…」



「みや、どうしたの?なんか喉に詰まった?」



「あ、お、お茶ちょうだい…」



「はいどうぞ」



そんないきなり素直になれたらこれまで苦労してないっていう話。
まぁいいや。
不味くないとは伝わってるし。



「ふふっ」



「なに?」



いきなり笑ってる。
とうとう頭がおかしくなったかな。
だいたい、舞美みたいな優等生があたしと一緒にいること自体おかしい。
学年違うし、なんにも被ってることないのに。



「じっとしてて?」



これでもあたし、問題児として有名なんだよ?
同級生も先輩も、教師だって手がつけられない。
誰の言うこともきかないのに。

舞美の言うことなら、なんか、聞いてやっても良いっていうか。



「ご飯粒つけるなんて、まだまだお子さまだね!」



そう言いながら手に取ったご飯粒をパクっとする舞美。
いやいや…いやいやいやいや…。
顔に熱が集まってくるのがわかる。
この無自覚ド阿呆め。



「口で言えばわかるっての…」



うつむきながら、小声でこれしか言えないって、あたしはなんで舞美相手だとこんなんなんだか。
あたしの言葉に堪えてる様子もなく、満足げな舞美。
まったく…って思ってからまた箸を進める。
舞美は箸を止めたまま、また話し出した。



「今度は、もっと美味しいお弁当作るね」



にこにこ、笑いながら。
言い終わってからは普通に食べ始めるし。
なんだよ、気にしてるなら言えっての。
普通って言われたら、美味しくないの?とか聞けっての。



「……すごい、美味しいよ」



「えっ?」



「普通とか嘘、本当に、美味しい…」



なんだこの会話…なんだこの会話。
もう一回言うけどなんだこの会話。
痒い、痒すぎる、いったいあたしたちはなんなんだ。

……とか思ったけど。



「うわぁあ…嬉しい…!」



口許を両手で抑えて、頬ちょっと赤くして、すごい幸せそうに笑ってる舞美見たら、どうでもよくなってきた。
もう幸せってことでいい気がしてきた。
うん、たぶんいいんだよ。
あたしたちはそういう、適当っていうか…まぁ、うん……適当で。
ぴったし当てはまる言葉とか浮かばないけど。
こんなもんじゃないかな。

これからあたしたちの関係の名前が変わったって、関係自身は変わんないと思うし。

でも、個人が良い方に変わるのはいいと思うわけで。

とりあえずあたしは、もうちょっと素直になることから始めようかな。



end

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