・短編G・
□続・タクラマカン
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みんながいなくなってからも一生懸命生きた。
入国VISAを買って、教養も得て、仕事
をした。
友達だって出来た。
それでも、あたしが行った『あの国』には、浜辺のみんなと楽しく語り合った『ケーキでできた船』、『ドーナツでできた浮き輪』、そして『チョコレートでできたベッド』はなかった。
今考えると笑ってしまう。
そんなもの、普通に考えてあるわけないのだ。
教養を得たあたしには、もうそんなものを楽しく想像できる力はなかった。
だけど。
浜辺のみんなは、今でもあの世で、それを夢見ているのかもしれない。
そう考えると、よくわからない涙が出てくるのだった。
仕事で疲れきった、もうあの頃のジジイ程に年老いてしまった体を横たえる。
ジジイに倣って保険に入った。
だけど、あたしが死んで、保険金がおりても、それをあげたい『誰か』なんていなかった。
―――――
起きたらそこは浜辺だった。
状況を理解できない。
だけど、懐かしい。
ここがあたしの全て。
あの頃のようにもっと地面を感じたくて、寝転がる。
何分経ったろうか。
そういえばあたし、仕事があるんだった。
起きなきゃ、と思ったところで、懐かしい声が聞こえてきた。
「ヤーン!おーい!ヤーン!」
「カラス!?」
「見てくれよ!膝、治ったぞ!今は『この国』一のボクサーだ!」
「ヤン!あたしもいるよー!」
「ハヅキ!?」
「専業主婦になりましたー!!」
あの頃のままのカラス、そしてハヅキ。
ケーキでできた船に乗って、こっちに向かってくる。
「待ちなさいよー!!」
船の後ろから、泳いで追いかけてくるのはシラタキだ。
そんな、船に間に合うわけないのに。
執念としか言えないような泳ぎっぷりで。
でも、どこか楽しそうなのは、なんでなんだろう。
もうどういうことなのかわからずに、とりあえず自分の頭を抱える。
なんだ、どういうことだ?
なにが起こってる?
そして違和感に気づく。
しわくちゃだった自分の手は、綺麗な若者の手に。
老い特有の体のだるさもない。
まるで、あの頃のような。
「到着!」
カラスが船から飛び降りる。
膝はなんともない。
続いてハヅキが飛び降りる。
それをなんでもないようにカラスが受け止めた。
ちょっとしてからシラタキも追い付く。
追い付いてすぐにカラスをどついて、ハヅキにべーっとして。
そんな三人も、すぐに笑った。
「はい、ヤン!これあげる!」
「シラタキにもやるよ!」
ハヅキとカラスが差し出したのは船の一部。
ケーキだ。
四人でそれを持って、いっせーので食べる。
「「「「あまーい!!」」」」
もう、これがどんな状況なのか気にならなくなっていた。
『みんなとまた過ごしたい』とずっと願っていたことが叶ったんだ。
そうに違いない。
「ヤーン!!妹よー!!」
「リク!」
「ヤーン!元気かぁー!?」
「ネズミ!」
だから、もちろんこの二人も。
ドーナツでできた浮き輪をはめて、泳ぎながら近づいてくる。
「俺ら『この国』一のコメディアンになったぞぉ!!」
「本当かよぉ!!」
「本当だよ!」
「見とけよ!」
そう言いながら、ドーナツを時々つまみ食いしてる。
あぁ、心配だ。
それ、絶対食べ過ぎだよ。
沈んじゃうよ。
「リクです!」
「ネズミです!」
「「二人合わせて浜辺ーず!シャッキーン!」」
「ショートコント!…ってうわぁ!!」
「食い過ぎたぁぁああ!!」
ほら、だから言わんこっちゃない。
でも沈みそうになってる二人はすごい面白い。
あたしもカラスもハヅキもシラタキも、笑いが止まらない。
「しょーがねぇな!」
「わしらの出番かのう」
どこからか聞こえてきた声に、さっきから滲みまくってた視界がさらに滲む。
いつからいたのか、あたしの後ろから二人は駆け出して、華麗に海に飛び込む。
「ハルキ!ジジイ!」
もう涙は溢れて止まらなかった。
愛しい人たちと、もう二度と会えないと思っていた愛しい人たちと、こんな風にまた幸せな時を過ごせるなんて。
その事実が嬉しくて堪らなくて。
「うへぇ…助かった…」
「死ぬかと思った…」
「本当バカだな!」
「若いのう」
ぜえぜえ息を切らしてるリクとネズミは、あたしを見るとにやっと笑う。
そして差し出す。
浮き輪の一部を。
その場にいる全員に配って、いっせーので。
「「「「「「「「あまーい!!!」」」」」」」」
みんな満面の笑みで。
幸せしか感じられない空間。
なにが起こってるのか、わからないけど。
「ヤン、わからなくていいんじゃ。わからないのが正解なんじゃ」
頭の中を読まれたようなバッチリなタイミングでそう言われたら、やっぱりそうなんだと思う他になにがあるんだろうか。
そして、もう一人。
最愛の人。
「ハルキ…」
「おうヤン!後でとっておきの誕生日プレゼントがあるぞ!」
「なんで後でなんだよ…今くれよ!」
「今からは!飯の時間だ!」
にししっと笑ってそう言ったハルキに、最後の一人の顔が浮かぶ。
そうだ、あの人を忘れちゃいけない。
あたしを、あたしたちを生かしてくれてたあの人を。
「ぱんぱかぱーん!!!飯だぞ!!」
その声が聞こえると、みんなが整列して座り、めーし!めーし!めーし!と壮大なコール。
その集団を見て、ケイは顔をしかめて一言。
「あぁ?今日は大人数だな!」
そんな文句を言いながら、持っていたパンを平等に分けていく。
そして、あの頃のように、ケイはあたしを呼んだ。
「ヤン!そんなとこで突っ立ってないでこっち来いよ!」
素直に定位置につく。
渡されたパンは、あの頃のようにカチカチで、なんでケーキとかドーナツあるのにこれなんだよと思った。
言えなかった。
涙が溢れすぎて、もう何も言えなかった。
「ヤン、お前っ、なに泣いてんだ!足りねぇか?しょうがねぇな!俺のやるよ!」
焦ったようにケイがそう言って自分の分のパンを出す。
違う、違うんだよ。
っていうかそんな優しくすんなよ。
全然止まんないじゃんか。
首をぶんぶん振る。
ケイはまた勘違いする。
「あぁ?まだ足らねーってか?おい!お前ら!ヤンにっ…うぉ!?」
「おいヤン!俺のやるって!泣くなよ!」
「俺のもやるから!」
「あたしのも!」
「わしはやらんぞ!」
ハルキを筆頭に、ジジイ除く全員が小さなパンを差し出してくる。
なんだよ、お前ら食わないと餓死すんぞ。
つーか職持ってるならなんでケイに養ってもらってんだよ。
この世界おかしいじゃねーか。
「あぁ!もう!じゃあとっておきのすげぇ話を聞かせてやる!」
泣き止まないあたしと、そんなあたしに群がるみんなと、黙々とパンを食べ続けるジジイ。
そんな状況で、ケイが大声を出す。
みんなの動きが止まる。
「実はな、俺………」
溜める。
溜める。
溜める。
その先の言葉は、おそらくみんな想像ついてるはず。
だって、ケイは喜びでいっぱいの顔してるし、他のみんなだってにやけてるし。
「船乗りになったぞぉぉおお!!!」
「うぉぉおお!!」
「すげぇえええ!!」
ほら。
やっぱり。
みんなでケイに抱きついて、わちゃわちゃーってして。
あたしがあの頃見たかった光景。
そうだ、見たくて見たくて仕方なかった光景ばかり。
ジジイ、わからないのが正解って、本当なんだな。
浜辺のみんなと別れていた時間は、わからないことをわかることにするには充分すぎる長さだった。
「ヤン、プレゼントやるよ」
いつの間にかハルキ以外のみんなは消えていて、やっぱりこれは現実じゃないんだなと思った。
それでもよかった。
これは、みんなと会えて、あの頃見たくて仕方なかった光景を見れたというこの時間は、神様からのプレゼントなんだと思う。
あの頃から一人で頑張ったあたしへの。
そしてあたしは、ハルキからのプレゼントも貰う。
「ほら、見てみろよ!チョコレートでできたベッドだ!」
「うわぁ!すごい!ベタベタになっちゃうな!」
「ベタベタでもいいだろ!ベッドだ!」
「良い、全然良い!ハルキと一緒なら…みんなと一緒なら…!」
いつの間にかハルキ以外のみんなも戻ってきていて。
ハルキと二人きりにさせてくれたんだな、ありがとう。
そう心の中でお礼を言う。
そして、あたしは自分が鞄を持っていることに気付く。
何が入っているかは、すぐに気付いた。
「おい!みんな!」
みんなの視線が集まる。
あたしは涙を腕でぐいっと拭って鞄をケイが持ってきたパンのように掲げる。
「金だ!5000万ギニーだ!もう食いっぱぐれないぞ!」
「うぉぉおお!!」
「すげぇえええ!!!」
リク、ネズミ、さっきと同じ驚き方だぞ。
おいカラス、ハヅキ、抱き合うなよ。
シラタキが恨めしそうに見てるって。
ケイ、ひゅーって倒れるなよ、後ろに支えてくれる人いないぞ。
ジジイ、優しい顔やめろよ。
ハルキ、大丈夫、将来性を見つけるのはこれからでも遅くない。
「じゃあ!レストランでパーっとやるか!」
ケイの言葉に、誰もが賛成。
走り出す。
みんなが光に包まれていく。
残ったのはハルキとあたし。
「ヤン」
手を差し出される。
恥ずかしげにそれを取る。
あたしたちも走り出す。
ヒトデナシで、泥棒で。
行き先は天国なんかじゃなくていい。
あたしたちが行くのは『あの国』。
まだ見ぬ『あの国』。
いや、みんながいれば、どこだっていい。
長い人生を終えて、それがあたしの出した答えだった。
end