・短編D・
□大人になった
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「おかえりー」
そんなあたしの言葉に大きく見開かれる目。
あまりの驚きに固まることしか出来てないみたいだ。
「・・・・・・え、何してんの?」
そりゃ驚くのも無理はない。
何も言って来なかったし、あたしが勝手によしこの部屋に入る手段なんて本当はないはずなんだから。
「よしこのママに合鍵貸して貰ったー」
親公認なんだから良いだろう。
そう思って堂々としてるとだんだんと露になる呆れ顔。
「まぁ、良いけど・・・」
そう言って部屋の中に入ってきたよしこの言葉の続きには、明らかに『連絡くらい入れろ』という不満が表れていた。
それでも『ゆっくりしていけよ』みたいな雰囲気もあって、よしこも大人になったのかなぁとか思った。
「何しに来たの?」
コートを脱いで手洗いうがいをして、あたしがいる部屋に戻ってきたよしこは率直にそう聞いた。
特に理由もなく、あえて言うならば会いたかったの気持ちだけで来たあたしは困った。
それを伝えるには、あまりにも恥ずかしいような関係。
あたしたちはただの親友だ。
10年以上前からの。
浅いような深い絆で、切れそうで切れない糸で。
そんなもので結ばれてきた親友で。
「・・・・・・DVD、見に来た」
ここに来る前に寄ったCD屋で、柄にもなく買ってしまったDVDの存在を思い出した。
それをよしこが見たらどう思うのか、全く想像もつかなかったけど自分の口から出た言葉は訂正できない。
あれ以外のDVDを持ち合わせているはずもない。
「へぇ、何見んの?」
ここに来た理由に本当に疑問を感じなかったのかはわからないけど、よしこの興味の対象は完全にDVDの内容に移ったようだ。
渋々カバンのチャックを開ける。
もちろん入ってる『あの』DVD。
どんな反応、するのかな。
「あれ・・・これって」
「・・・・・・うん」
「買ったの?」
「・・・・・・・・・うん」
あたしが買ったDVDは、去年の春にやったドリームモーニング娘。のライブが収録されたもの。
つい目に入ったそれを、ほぼ迷うことなく購入した自分の意図すらわからなかった。
だけど、今、買ってよかったなぁって思った。
今日初めてよしこの笑顔を見れたから。
昔より幾分か大人っぽくなって、昔より穏やかな優しさがあって、あたしが好きなよしこの笑顔で。
「先に見ててよ。飲み物持ってくる」
そんな笑顔のままそう言われて自然と首が縦に動いた。
―――――――――――――
DVDが始まってすぐになんとも言えない気持ちになった。
それはマイナスな感情ではなくて、懐かしさや感動とか、そういうプラスのもの。
羨ましさも少しあるかもしれない。
楽しそうに歌って踊っているみんな。
懐かしい仲間。
あたしの居場所。
ここにあたしが入ることはあるんだろうか。
「ほい」
ボーッとしていると、いきなり目の前にマグカップが。
驚きながらも受け取って、チラッとよしこの顔を盗み見る。
テレビ画面を見るよしこは満足そうな笑顔だった。
自慢気というか誇らしさを感じさせるような。
「よしこ・・・」
なんだか遠くに行ってしまったような気がして、目をそらさずに名前を呼ぶ。
すると、よしこは何でもないことのようにあたしを見て、何でもないことのようにあたしの頭をくしゃっと撫で、何でもないことのように言った。
「待ってんぞ」
優しいその言葉が耳に届いた瞬間、涙が溢れそうになった。
ココアを飲むふりをして顔を隠すと、よしこが笑った気がした。
そうだ、これがよしこだ。
結局何をやっても優しくて、その優しさを求めに行ってしまう。
昔の子供故の残酷さがなくなり、更にあたしが求めるこの優しさに依存性が増していて。
「ずるいっ・・・なぁ」
昔から全く変わってないのはずるい部分だけとか笑えない。
しかもそれは格好いいずるさで。
昔から本当に変わってないのは、よしこのことを好きでしかいられない自分だった。
end