・短編C・
□七夕の恋人
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「あっつー・・・・・・。」
本日の最高気温、36度。
学校からの帰り道は歩いてるだけで汗が流れる。
「アイス・・・・・・確かあったよね・・・。」
家の近くのコンビニを見ながら冷凍庫を思い出す。
確かにあった。
そう確信すると、やっと見えてきた家へ自然と早くなる足。
「あつい・・・・・・。」
何度目になるかわからないくらいのその言葉を吐き出してから玄関の前に立つ。
自分で鍵を開けるのが面倒に感じてチャイムを鳴らそうとするけど、そういえば今日は両親とも遅くまで家にいないと言ってたことを思い出した。
「もー・・・・・・めんどくさいなぁ・・・。」
鞄の中をゴソゴソと漁ってやっとこさ鍵を見つける。
それを使ってガチャガチャと鍵を開けて家に入った。
「おかえりー。」
「ただい・・・・・・・・・ま・・・?」
目の前には知らない人。
「・・・・・・・・・・・・え?」
誰?
こんな綺麗な人知り合いにいないし、親からも何も聞いてない。
・・・・・・・・・・・・しかもこの人、あたしが楽しみにしてたアイス食べてるし。
「早くあがんなよ。なっきぃの部屋涼しくしてあるよ。」
「えっ、あのっ!ちょっと!!」
あまりの驚きにフリーズしていると、そう言って二階に上がって行こうとするその人。
慌てて引き止めると不思議そうに首を傾げた。
「なに?」
「え・・・・・・どちら様ですか・・・?」
なんで相手の方が自信満々なんだ。
引き腰で問いかける。
すると一瞬ポカンとしたその人は、次の瞬間にはニッコリと綺麗な笑みを浮かべていた。
「なっきぃの恋人だよ。『みや』って呼んで。」
「・・・・・・はっ?」
この人・・・・・・みやは頭がおかしいのだろうか。
あたしは恋人を作った覚えなんてないし、ていうかみや自体知らない。
そんな人が、なんで恋人になり得るんだろう。
「なっきぃ願い事したじゃん。だからあたし来たんじゃん。」
「願い事・・・?」
そのキーワードで思い浮かぶのは、七夕。
確かに昨日『恋人が出来ますように』とか恥ずかしくて堪らない願い事をした。
「だから、あたしはなっきぃの願いを叶えるために来たの。」
そう言って綺麗に微笑まれる。
そんな綺麗な笑みに流されて、あたしはみやの後に続いて二階に上がった。
「・・・・・・・・・いや!おかしいでしょ!!」
二人であたしの部屋に入って座った瞬間声をあげる。
いや、だってこの状況おかしすぎる。
なんであたしは見ず知らずの人と自分の部屋で過ごさなきゃいけないんだ。
「なにが?」
「あなたがここにいることが!!」
「なんで?」
「だっ、だって!あたしはあなたのこと知らないですもん!!」
「だから恋人だって言ってるじゃん?」
なんなんだこの人・・・・・・なんなんだこの人!!
なんでこんな自信満々なの!?
「しかも!あたしのアイス食べてるし!!」
そこかよ、とかつっこまれそうだけど本当にそれは許しがたい。
だってあんなに楽しみにしてたのに・・・。
「ははっ、そこ?じゃあ食べれば?」
やっぱりつっこまれた・・・。
でもそれより重要な問題が。
差し出されてるアイス。
これを食べちゃったら、なんか本当の恋人みたいだ。
「い、いらないです・・・。」
「ふーん・・・・・・じゃあ無理矢理あげる。」
『はっ?』と声に出すより先に、みやがあたしに顔を近づけてきた。
次の瞬間、唇が重なり冷たいものが口の中に広がる。
く、口移しされてるっ・・・!!
「っ、はぁ・・・・・・おいし?」
「ばっ、ばばばばバカなんじゃないですか!?」
意味わかんない。
なんでいきなりキス、しかも口移しされなきゃいけないの!?
なんでこの人笑ってるの!!
「顔、赤いよ?」
「うるさい!バカ!!」
赤くなるに決まってる。
こんなのしたことなかったんだから。
そう思って睨んでいると、みやの態度がいきなり変わった。
なんていうか、あたしすごい呆れられてる・・・?
「てかさ、なっきぃのがバカでしょ。」
「な!なんで!!」
「本当にあたしのこと覚えてない?」
・・・・・・・・・え?
なにそれ・・・・・・ってことは、あたしとみやは知り合いなの?
いやいや、それはない。
だって全然記憶にないもん。
「夏焼雅、って名乗っても思い出せない?」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・雅ちゃん!?」
「そーだよ・・・。」
呆れながら笑う雅ちゃん。
思い出してみると、確かに昔の面影が少し残っているかもしれない。
夏焼雅。
昔、この家の隣に住んでいてよく遊んでもらっていた。
可愛くて、格好よくて、憧れてて、大好きだった。
だけど、雅ちゃんはいきなりあたしに何も言わず引っ越してしまって。
それはもうたいへんショックで、三日三晩泣き続けてたとか。
そんな雅ちゃんが、昔より更に可愛く、格好良くパワーアップして帰ってきたのだ。
「さっ、最初から言ってよ!」
「いや、忘れられてたのがショックでさ。ちょっと意地悪しちゃった。」
確かに、あたしが忘れてたのは酷いかもしれないけど。
しれないけど!
いきなりキスは有り得ない。
「それはごめん!だけど!あたしのファーストキス!!」
「えっ?まだだったの?」
「まだだったよ!」
すいませんね、まともに恋もしたことない女子高生で。
そう思って睨むと、何がおかしいのか雅ちゃんは笑いだした。
「あっはは!!」
「なに笑ってんの!!」
「いやぁ、ちょうど良いじゃん。」
ちょうど良いって・・・・・・どういうこと?
ポカンとした状態で雅ちゃんを見ていると、またまた綺麗に微笑まれる。
「あたし言ったよね?なっきぃの恋人だって。」
なに、それ本気だったの?
・・・・・・・・・嘘だ。
だって雅ちゃんとあたしなんかが釣り合う訳ないし。
わざわざあたしなんかを恋人にするためにここ来る訳ないし。
「昔より随分可愛くなっちゃって。」
『昔も可愛かったけど』とか言いながらあたしの頭を撫でる雅ちゃん。
それに不覚にもドキッとする。
・・・・・・・・・信じていいのかな。
「まぁ、今日からここに住むことだしゆっくり考えてよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・え?」
今日、この人に驚かされるのは何回目だろう。
「そこの近所の大学行ってるんだ。それをあたしのお母さんがなっきぃのお母さんに言ったらさ、ここに住んだら良いって。」
いきなりの展開についていけない。
『そーゆーことだからよろしく』とか言われても全然実感わかないし。
だけど、この夏に何かが起こることは目に見えてて。
固まってるあたしの目の前で笑う雅ちゃんに、無性に胸が高鳴った。
end