捧げ物

□出会いは突然に
2ページ/8ページ

せめて、本の一冊位は読めるだろうと思っていたが……
真田は自分の考えの甘さを呪った。

──何も真田とて満員電車が初めてと言うわけではない。

しかし、常日頃から早起きを日課とする彼は、もちろん電車も早い物に乗る訳で……そうすると自然に満員電車とはほぼ無縁の生活を送る事となるのだ。

ところが今日は家の用事で出る時間が遅れてしまい、ばっちりラッシュの時間帯に乗り込むこととなってしまった。

久々の満員電車……いくら屈強な若者でも多少なりとも気疲れはする。

何かせめて気を紛らわせる物はないか……そう思い、真田が周りに視線を走らせると、フと彼の目の端に、一人の少女が映った。

今時の少女にしては珍しい長い三つ編み、ふっくらした白い頬や、化粧を一つも施されていないそのままの自然な顔。

白いワンピースに薄い桃色のカーディガンを羽織った少女は、何故かここの空気とは場違いに思えて、真田は思わず動きを止めた。

(ほぅ……最近の女子にしては珍しいな。髪も染めず、化粧もしていないとは──ムッ?)

失礼だ、とは思ったのだが、少女の空気に引き付けられて真田が観察を続けていると、彼は視線の先に不穏な動きを見た。

少女が顔を赤くして固まっているのだ。

最初は、満員電車が苦しいのかと思った。

しかし、違う。

少女は何かを耐えるように、目を固くギュッと閉じて固まっているのだ。
心なしか肩も震えていて……と少女はその目を開け、一瞬、訝しげに見ていた真田の方へと視線を向けた。
瞬間──2人の目が……あった。
その時、真田は彼女の瞳に溢れる涙を見、そして悟った。

(何と……下劣なっ!!)

行われているであろう行為を想像するだけで、溢れる怒りを彼は抑えながら、眼光に力を込めた。

その空気に、周りは一気に凍りつく。

そんな中を真田は我関せずとツカツカ……もといズンズンと人混みを掻き分け、迷いなく少女の前に歩を進めた。

そして、目を見開く少女を優しく自分の方に引っ張り、それから後ろに立つ、男の腕を素早く取り、力の限り……

『ギュッ!!』

「痛ってぇ〜!?!」

捻り上げた。それはもう渾身の力を込めて。
それからもんどり打つ男に向かって怒りの全てを、それはもう某立海大二年も真っ青になる形相で叫んだ。
「嫌がる女子に、不純行為を行うなど……たるんどるっっ!!!」

その声に、車両内の居眠り常習犯達が飛び起きたのは言うまでもなかった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ