つまり、根本的に失くしちゃいけないもの。


心。
命。

そして、キミ。


□□ Lost Reason □□


「はぁっはぁ…ッ」


息が上がる。
酸素が上手く取り込めなくて頭が酸欠を起こしそうだ。

どうかすると揺らぎそうになる足元に力を込めて精一杯地を蹴った。


早く、一秒でも早く。
あの人の所へ。


僅か数人の暁が齎したのは里の壊滅。
それもたった一瞬で、跡形も無く吹き飛んだ。

這い上がった瓦礫の上で目にしたものは残酷な現状だった。



自分を暁の一人から救ったあの人は今何処でどうしてる?
怪我は?
また無茶をしてチャクラ切れなど起こしていないだろうか?


酷く痛む身体を抱えて思う事はそれだけ。
誰よりも強い人だと知っている筈なのに心が不安で侵食されていくのが分かる。

酷い焦燥、動悸。




自分があの暁と対峙したと思われる場所は見る影も無く、人の姿も見えない。
強まる不安に胸を押さえながら辺りを伺うと何処からか名前を呼ばれた気がした。


(…誰だ?まさか…カカシさん?)


辺りを見回し声がした気のする方向へと足を向ける。
と、そこで本当に誰かが自分の名を呼んだ。



「イルカ先生ッ!!」
「イルカッお前は無事だったんだなっ」


「チョウジ!チョウザさんもご無事でっ」


秋道一族固有の装束に身を包んだ者が数名と瓦礫に寝かされた忍が1人、視界に入る。
その1人は、見慣れた銀色の髪の―。



「あ……カカシさん…?」



ドクンッ

「……で、カカシは…それ以来…」
「オレの…先生は……なんでッ…」


心臓が悲鳴を上げる。
耳の裏で鼓動がザワついて、彼らの話す声が良く聞き取れない。


「ウソ……、だろ…?」

「イルカ…?」
「イルカ先生?!」



だって約束したんだ。
どんなにキツい戦いでも、必ず生きて還ってくるって。
必ず俺の所に還って来るって約束した。

俺を独りにはしないと。
ずっと側に居ると、約束、したのに―。



「カカシさんっっ!!何やってんですかッ?!目ぇ開けて下さいよッッ」

「止せイルカッ!」
「イルカ先生駄目だよっ」



ドクンドクンドクンドクン。

心臓が暴れてる。
煩い煩い。五月蝿いんだ黙れよ。
ああもう、お前なんか止まってしまえ。



笑える程簡単に命が消えていくこの忍の世の中で互いが互いを支え合い依存し合って、ともすれば狂い出しそうな己を保ってきた。

俺はあの人の生きる理由で、あの人は俺の生きる理由だったんだ。
憎しみと悲しみしか生み出せないこの忍のシステムの中、それでもこの世界でしか生きられない俺達の、生きる理由。


なのに彼は奪われた。
そしてその切欠を生み出したのは俺。


俺が暁に出会わなければ。
俺がもっと強くあったなら。

俺が、カカシさんを殺した―!!


「イルカッ落ち着けッッ」

「く…ッ、はぁ…っ俺がカカシさんを…ッ」



ドクンドクンドクンドクン。

血が逆流する。
目が眩む。

あの人はもう居ない。生きる理由を亡くしてしまった。
ならば此処に居る意味などあるか―?


「何する気だイルカッ?!」
「イルカ先生止めてッ!!」

「離して下さいッカカシさんが俺を待ってるんですッ!!」


羽交い絞めにされた手には鋭く光るクナイ。
コレを喉元に滑らせればあの人の元へ逝けるのに。

どうか邪魔をしないで。
あの人のいない世界で、どうして生きていけるというの―?




パァッ

「ッ?!なんだッ?!」


空が一瞬閃光を放ち、飛び散る無数の光。
余りの眩しさに思わず目を瞑る。
間近に強い光を感じ、瞼の裏側が赤く染まった。


「…コレは…」


(この声ッ?!)


開いた瞳に映ったモノ。


「イルカ先生何で……ユメか?」

「カカシさんッッ!?」
「カカシっ?!」
「カカシ先生〜ッ!」



そこには何事も無かったかの様に起き上がる、愛しい人の姿が。



手から滑り落ちるクナイがカランと乾いた音を立てる。
同時に秋道親子から解放され、力を失くした身体はその場にへたり込んだ。



「でもオレ死んだんじゃ…まさか先生、オレの後追いしようとして止められてたってヤツ?」


先程まで死人だった男は、その聡明さ故それは爽やかに。
そして嬉しそうに。

この場に凡そそぐわない、キレイな笑みを浮かべて。



(ああチクショウっそのまさかだよッッ!!)


「〜〜〜ッッ!!!」

「えっイルカ先生ッ?!」


頬を熱いモノが伝う。
教え子とその親御さんに見せた先程までの失態をも併せて思えば、恥ずかしいやら情けないやら。
しかし全ては流れる涙に慌てふためいているこの男を愛してしまった己の所為、諦めるしかない。


未だ違和感があるのか身体をぎこちなく動かし、自分を抱きしめる温もり。
懐かし過ぎるその温度に涙は止まる事を忘れた。


「ごめんねイルカ先生…心配掛けちゃった」
「…ッアンタなんか知りませんッ俺を置いてあの世でも何処でも行けばいいんですッ」


大きな手の平が優しく背中を行き来する。
泣き顔を見られない様に顔を押し付ければ、規則正しく時を刻む鼓動が聞こえてくる。


(生きてる…何でかは分からないけれど、この人は間違いなく生きてるんだ)


「ハハハ厳しいお言葉ねェ。でもセンセもダメじゃない、後追いなんてしようとしちゃ」
「気のせいですッ勘違いですッ」


そうだ、自分は死を選ぼうとした。
自らの手でこの命を終わらせようと。

だって貴方がいないから。
貴方の父親と、同じ道を。


「アッチでね、親父に会いましたよ。言いたかった事がちゃんと言えてスッキリしちゃいました」
「………」
「俺にはまだやる事があるって、最後にそう言われました。それってまずはイルカ先生を止める事だったんだね」


ぎゅうっ。
回された腕が力を増す。
さっきまで死んでた人間とは思えない程、力強く。


「間に合って良かった…っアナタを失くしてしまう所だった」
「……カカシさん…」


ああ、
失くせない。
この人だけは。

そう、強く思った―。





「…あの、な?カカシ、ちょっといいか?」
「イルカ先生も…大丈夫?」


「ッうわっ!!」

(しまった、秋道親子の眼前で何と恥ずかしいコトをッ!!)

「あ〜…。チョウザさん邪魔しないで下さいヨ。今からイイトコなのに」


顔を上げれば其処には頬を赤く染めた彼等が居て。
そして自分はカカシの腕の中に。


「だけどな、カカシ…そういった破廉恥な事は子供の前では…」
「え〜まだチュウもしてないんですヨ〜?」
「おいアンタ達ッ何か違うだろッ」





未だ、どうして彼が此の世に戻って来られたのかは謎のままだけれど。
解った事が3つある。



根本的に亡くしちゃいけないモノ。


それは心。
そして命。

最後は――。




end.




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