壱万打リクエスト

□それでも
1ページ/1ページ

自分にとっての相手って一体何なんだろう。



【それでも】



一人の遊女がぷっかりと浮かぶ月を眺め小さくため息をついた。
遊女の名前は晋。
ここ【桃月郷】一の花魁にして月の間と呼ばれる一城の主である。
【桃月郷】は桃の間と呼ばれる表の遊郭と月の間と呼ばれる裏の遊郭とに分かれた二部制遊郭。
月の間に入れる人間は限られ、そのほとんどが著名人や富豪などの汚い話、お金を持っている人間だけだ。
そんな人間たちはこぞって【桃源郷】一の花魁を一目見ようと大金をはたいて晋を買う。
そして当然のように晋の身体を玩び、満足して帰っていく。
あとに残された晋はそんな自分の人生を恥、何度も死にたくなった。



「(いっそここで舌を噛み切ろうか・・・いや、それよりもここ・・・天守閣から飛び降りて死んでしまおうか・・・)」



そんなことを何度も、何度も考えていた。
そしていざ飛び降りようとすると目の前に現れる丸くて大きな月の美しさに目を奪われ、死ぬことを躊躇わせる。
ここで死んでしまってはこの月を見ることさえ叶わない。
いつかきっと、ここから連れ出してくれる人が現れるはずだから。
晋はそう信じてずっとこの天守閣から月を見続けていた。

そんなある日、支配人が連れてきた自分を守る人物。
仕事柄重要な情報を多く知っている晋は度々命を狙われ、脅かされたことがあった。
今までは禿のまた子が世話役を兼ねて護衛に当たっていたのだが女では限度があると外から連れてきたのだ。
その男が今、晋の心を惑わせている坂田銀時という万事屋を営む人間だ。
ある事件で銀時は幾度となく晋の命を救い、守ってくれた。
それが死にたがっていた晋にとって大きな影響を与えた。

自分をこの遊郭から連れ出してくれた男。
身体を張って守ってくれた男。
自分を大事だといってくれた男。

晋と銀時はその事件をきっかけに急速に距離を縮めていった。
彼は晋にとっての英雄。
晋の荒んだ心を浄化する浄化剤。

それでも晋は銀時と一緒になることを望まなかった。
汚れた身体で彼と居ることを拒んだのだ。



「(汚い汚い、俺。こんな俺が銀時と共にあり続けることなんて不可能なんだ)」



そうして今日も晋は自分の身体を商品に足を開いてお金を巻き上げていた。






「お前いつまでここにいるつもりだよ?」



銀時は一仕事終えた晋を他の座敷で酒を飲みつつ待っていた。
一度断ったというのに晋のもとに通い続ける銀時は本当に律儀な男だ。
晋は銀時の隣に座りながら口を開く。



「ここを仕切る奴が居ない以上、俺が居なきゃ成り立たねぇだろ?」
「・・・こんなとこなくなっちまった方がいいんじゃねぇのか・・・?」
「そうもいかねぇさ。ここには行く当てのない遊女達が沢山居る。俺はそいつらを見捨てることが出来ねぇんだ」



銀時は何か言いたげに口を開いたが何かを考えため息をついて口を閉じた。
銀時に反論する言葉などなかった。
いや、正確に言えばいくらでも反論は出来た。だた、出来なかった。
晋の決意の程は嫌というほど分かっているから。
銀時に晋の決心を揺らがせるほどの価値などなかったのだ。
小さく苦笑を洩らし、銀時は手に持っていたお猪口を晋に差し出す。
当然のように注いでくれる晋はやっぱり遊女なのだ。例え、男だとしても。
その生き方はもう二度と変えることが出来ないのかもしれない。晋も変えられないと思っている。
だからこそ、銀時は彼をここから連れ出して自分の下に置こうとした。
でも出来なかった。
注がれた酒を眺め、銀時は一気に煽る。
喉越しのいいその酒は初めてここに来た時と全くかわっていない。



「晋・・・俺やっぱりお前と・・・、・・・っ」



ぴと、と晋の綺麗な長い人差し指が銀時の口元に添えられる。
言うな、という晋の無言の訴え。
銀時はその手を掴んで引き寄せた。
かたん、とお膳が音を立てる。



「好きなんだよ・・・ッ」
「・・・うん」
「それでもお前は俺の気持ちに答えてくれないのか・・・?」
「・・・ごめ、なさい・・・」
「“自分の身体が汚いから”って思ってるからか?」



ゆっくりと畳に押し倒され、晋の煌びやかで真っ赤な着物が淫らに散らばる。
そっと晋の恥部に指を這わせる。
一瞬晋の息が詰まる。



「例えお前がここに何人もの男を銜え込んでいようと構わねぇ」
「・・・っ」
「晋・・・晋助・・・好きだよ・・・大好きなんだ」
「ぎ、んっ」
「お願いだよ・・・!どうすればお前は俺と一緒になってくれるんだよ!?」



銀時が顔を歪め、苦しそうに吐き出す。
晋は苦しそうに自分の本名を呼ぶ銀時を見つめ、首を振った。
肯定ではなく、否定の合図。
晋にはどうしても銀時の言葉に頷く事が出来なかった。



「銀時・・・俺はきっとお前と一緒になっても変わらねぇよ。すぐに男を引っ掛けて足を開く。だってそれが俺の生き方だから。そうでもしなきゃ堪えられない」
「何でだよ!?お前はこの仕事が大嫌いなんだろ!?」
「・・・嫌いだよ、こんな仕事。・・・でもな、もう男に足を開くのが日常になってきたんだ。俺の身体が求めるんだよ」



苦笑を浮かべたまま晋はそう言いきった。
銀時は顔を更に歪め、耐える。
晋はきっと心の中で叫んでいる。
助けて、と。
それでも晋の身体がそれを拒んでいる。
今の苦痛を受け入れてしまっているのだ。



「(あぁ、なんて可哀想な人なんだろう)」



銀時は顔で笑って心で泣く晋を力いっぱい抱きしめた。
今の銀時にしてやれることなんてこのくらいのものだった。



「(それでも)」



呆けたように抱きしめられている晋は何度も瞬きを繰り返していた。
暖かなぬくもりに包まれる感触がとても心地いい。
銀時のとくん、とくん、となる心音が一定のリズムを刻んでいる。
その体温を、その音を聞きながら晋は静かに涙を流した。
悟られてはいけない。自分の気持ちを。



「(それでも)」



そっと銀時の背中に晋のすらりとした腕が回される。
その暖かな感触が銀時には嬉しくて堪らなかった。
いつかきっと、分かってもらえる。
そう信じたかった。



「「(愛してる、って伝わればいい)」」



座敷の窓から注がれる月の光が優しく二人を照らし出す。
交わる二人を月はいつまでも照らし続けた。
それぞれの存在意義を見つけやすいように辺りを淡く、淡く―――。



終わり



ホントはこの話の前の話を載せる予定でしたが長過ぎる為こちらに。
気が向けば前の話を載せるかも?
2009/10/31 潤
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ