ゆめ2

□艶やかな唇
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私は偶然会った男と行動を共にしていた。名はパラドックスと言うらしい。この男との出会いは突然だった。
私は何年も独りだった。故にこの世界には私以外居ないのではないかと思っていた。この壊れた世界は途方もなく広い。彷徨っても彷徨っても続くのは荒野と廃墟ばかり。諦めそうになったその時、彼が現れた。嬉しかった、その一言に尽きる。そして私達は一緒に暮らし始めた。近くにオアシスを見つけたのだ。これも彼が言う変化の一つ。元々此処にオアシスなど存在していなかった。



「パラドックス…。」



独り水浴びをする中、彼の名前を呟いてみる。人と話すのは久しぶりだからか少し緊張していた。彼は今、居ない。周辺の様子を見てくると言って出掛けたのだ。パラドックスは何とも不思議な男だった。彼は私とは比べ物にならない程の知識、技術を持っていた。しかし私の前で機械的なものはほとんど使わない。いつも歩いて周辺を巡り食糧を調達していた。私もついていったことがあるが完全なる足手まといだった。それから私は大人しく此処で待つことにしている。



「あ。」



急いで身体を拭き木にかけてあった服を着る。彼が、帰ってきた。



「おかえりなさい。」


「ああ…。」



彼は何かを取り出し、私の唇にスッと小さな実をあてた。果実が潰れて唇と彼の指先が少し紅く染まる。食べたことのない実だった。



「これ…。」



口に含むと酸味と共に果実の甘さが広がる。彼が持っていた小さな袋には何粒かその紅い実が入っていた。壊れた世界のものとは思えない程その実は瑞々しく美しかった。



「食用の果実だ。」



彼はそっと手を頬に添え、私に優しく口付ける。甘い、とすぐ近くで聞こえた。



「明日、また採りに行く。」


「明日も…?」


「勿論、貴様も来るのだ。」


まだ乾ききっていない髪をさらりと撫でてそう言った。少しの不安が顔に出ていたのだろうか。やはり大人しく待っていると言ってもそうはいかない。彼が帰ってくるまでの時間、どうしてもどうしても心配してしまう。



「そんな顔をするな。」



貴様もきっと気に入る。そう言って彼は自信有り気に微笑んだ。その実をつける木は大層立派でこの荒野でも青々と葉を繁らせているらしい。私もこの美しい実をつける木を見てみたい。そして何より彼と一緒に居られるのが嬉しかった。




明日は…ふたりで出掛けよう。







艶やかな唇




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