ゆめ2
□既成事実
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「え、映画?」
「ふぅん。試写会とやらに招かれただけだ。片付けなければいけない仕事があるのだがな。」
社長室の椅子に座り淡々と仕事をこなす彼はいつものコート姿ではない。真っ白なスーツに身を包み映画などさして興味はないといった様子で忙しなく指を動かしている。
海馬くんが呼ばれた試写会には有名人も来るようだった。もちろんあのペガサス会長も。たぶん機嫌が悪い原因はこれ。
「海馬くんひとりで見に行くの?」
思わず疑問を口に出してしまった。チラッと目線だけ向けられる。だって、いつもならモクバくんがついていくはずなのに今日は見かけていない。
「では、ついてくるか?」
「え?」
「聞こえなかったわけではあるまい。」
懐から2枚の招待状を取り出し、その内1枚を私に投げた。
「それは副社長宛だ。」
「モクバくんの?どうして…?」
「試写会は夜遅くまでかかる。モクバを連れて行くわけにはいかない。」
だから私に…?でも私、ただの一般人だし、海馬コーポレーションの関係者でもないんだから入れてもらえないと思う。まずパーティーに出られるようなドレスを持っていないっていうのもあるけど。試写会になんて行ける訳がない。
「何を不満そうにしている。出掛けるぞ。」
「でもまだ夕方…。」
仕事が一段落したのかサッと片付け立ち上がる。そのまま近付いてきた彼はこう言った。「貴様、まさかそのままの格好で行くつもりではなかろう?」と。口角がつり上がり高圧的に見下ろされる。
「待ってよ、海馬くん。私…。」
「来い、俺が見立ててやろう。」
手首を掴まれ、引っ張られる。私はただ海馬くんの後をついていった。
「ここは…。」
連れていかれたのは当然お店。だけど予想を遥かに越えていた。ドレス、アクセサリー、その他何でも揃っていると言う。もちろんメイクだってしてくれる。ひとつひとつ揃えたのでは時間が足りなくなるだろうということは私にも分かっていた。イチから揃えるのだ。それなりに時間はかかる。だからいくら海馬くんであっても諦めるだろうと思っていた。
………この店に入るまで。
あっという間に着替えは終わり、準備は整えられていく。意外だったのが海馬くんが選んだドレスがシンプルで可愛いものだったということ。白だから目立つかなと思ったけど海馬くんの白スーツに比べたらそんなことはないと思い直した。
「ふぅん。早かったな。」
海馬くんは満足気に私を見ているけど大丈夫かな?こんな可愛いドレス私には似合わないと思うんだけど…。
「化け過ぎたな。」
やはり似合わなかったのかと顔を伏せると海馬くんがスッと後ろに回り、耳元で囁いた。「これでは男どもが寄ってきてしまう。」と。そのまま首筋にキスをされ、私は恥ずかしさのあまり動けなくなってしまった。
「勿体無いがもう時間か。仕方ない、行くぞ。」
着いた場所は映画館でもホテルでもなく、どこかの会社のビルだった。ただし海馬コーポレーション並みに大きい。何でもこの試写会はこの会社が企画したものらしい。
「何を突っ立っている。招待状を出せ。」
「あ、うん。」
車から降り、受付に向かう際何人ものガードマンを見た。私は招かれざる客であるはず。本当に入れるのだろうか?
しかしそんな心配とは裏腹にあっさりと中に入ることが出来た。あれが顔パスというものだろうか。
私達は薄暗い部屋に通された。きっとこの中で映画を観るのだろう。パーティー会場は他の場所に違いない。
「ふぅん。ここか。」
映画館よりも座り心地の良さそうな椅子にぽふんと座る。やはりなかなかのふわふわ感。でもさらに普通じゃない所がある。
「あれ?この席、肘掛けがないみたいだね。」
「ふぅん。」
海馬くんがちゃんと答える前にどんどん席は埋まっていった。しかしそうは言っても普通の映画館のような圧迫感はない。間隔を空けてあるから隣も気にならない。何故か私達の周りに座る人はいなかったけど。
そうこうしている内に部屋が真っ暗になる。今まで緊張してばかりだったけど、少し楽になった。元々観たかった映画だからむしろワクワクする。
「随分と楽しそうだな。」
耳元で再び囁かれてハッとする。海馬くんと密着している。しかもあろうことか海馬くんは私の肩に手を回してる。
「えっと、海馬くん?」
「静かにしろ。」
スッと顎を持ち上げられてキスをされる。
「んっ。誰かに見られちゃうよ。」
「大丈夫だ。貴様のことは妻だと説明しておいたからな。」
え?妻…?えっと…私!?いったいどういうこと!?
「副社長の代わりだ、とな。ふぅん。貴様は社長夫人というわけだな。」
小さくククッと楽しそうに笑い、海馬くんは静かにもう一度キスをした。
既成事実