混本
□寵愛
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・最初四郎独白です。
例えば、気に入ったものがいれば、そいつを鬼鉄刀にしたいと常日頃思っている。
そうすれば、共に(といっても、自分の刀として)強くなれる。
それが綺麗な魂なら尚更、強く存在出来る。
それを周りに伝えた所、変わっているなと笑われた。
何故だろうか?気に入ったものが、ずっとそばにあり続けるのだ。
その気持ちの何が変わっているのだろうか?
そんなある日、自分がずっと会いたかった存在が見つかった。
それが「黒曜の女神」だ。
ある男が持ち出し行方不明になった女神。兄弟もずっと探していた。
その女神が、ある一人の少年の中に居た。
最初は驚いたし、女神を手に入れるため彼を殺そうとしたが諦めた。
いや、気に入ったんだ。少年を。そんな彼を刀にしてしまえば、ずっと側に居てくれるのだ。刀にしようと思ったのだけれど、しかし、彼は女神に体を譲り、彼女にフラれた上に攻撃され逃げるしか無かった。
あの時少年を刀にできず、女神を連れて帰る事が出来なかった。すごく悔しかった。けれどいつかまた逢いに行くのだ。その時こそ、少年を刀にして、女神を手にするのだ。
そう誓ったそんなある日、見てしまった。
少年と、もう一人の少年が楽しそうに旅をしてる所を。
何を話しているか分からない。けれど彼らから感じるこの気配は、妙に気に障った。
「…やっぱり彼をこのままにしてたらダメだ。あれに取られてしまう」
ふと自分の相棒である刀を見た後、チラリと少年達を見て動き出した。向かうは、少年の元だ。
その顔はとても歪んでいた。
「ご主人は一体どこ行ったんでしょうか?」
「おや、七緒どうしたんだい?」
コツリコツリと歩いていたのは、犬坂七緒だ。彼女は、彼らの居城であるお城の中で、ある人を探していた。その彼から頼まれていたものを持ってきたのに、肝心の彼が居ないのだ。
早く仕事を済ませて部屋で休みたいのに。
そんな自分に声をかけてきたのは、今探している彼…犬飼四郎をよく気にかける男だ。
「静六さん、ご主人がどこに行ったか知りませんか?ご主人私にこれ持って来いって言ったのに、当の本人が居なくなったんですが」
これと、見せられたものに、男こと犬川静六が少し考えて顔を手で覆った。
「あー、すまない七緒、これは俺が預かるよ。あいつの場所は分かってるから」
「…そうですか。ではよろしくお願いします」
ではと、すぐ去っていった七緒に、どこにいるのか追求されなくてよかったと静六は安堵した。
彼がいる場所は分かっている。
が、その場所を、まだ幼い七緒に見せるのは如何なものかと思っていたから。
七緒から預かっている物を持って、静六は歩き出した。
「…あー、入るぞ四郎」
静六が向かったのは、自分達が住まう場所の最奥の場所だ。ここには今まで誰も入る事の無かった場所だった。しかし最近、一人だけ人間が存在している。いや、もはや人間としての扱いかどうかも分からないけれど。
呼んだ所で返事はない。
仕方なしにガチャリと開けた部屋には、探していた人物がそこに居た。
やはり、またここに居たのかとため息が出る。
「四郎、七緒に頼んでいた物を持ってきたぞ」
「んー?あーありがとう静六」
静六の言葉に、今気づきましたとばかりに振り向いた四郎の顔は笑顔だ。しかしその笑みは歪んでいて、静六ですらゾワリと悪寒が走った。
「お前、最近ここにばかり来すぎだ。たまには会合にも参加しろ」
「えーいいじゃん、あとで静六が教えてくれるし」
「馬鹿、…あー、もういい。ほら受け取れ」
パサリと手渡されたのは、1着の服と、一羽の鳥が入った檻だ。自分達より小さなその服を四郎は受け取り、嬉しそうに笑った。
「良かった、服最近汚れちまったから、替えを頼んでたんだ。」
良かったと笑って四郎が服を着せているのは一人の少年だった。
赤い髪の少年だった。
彼はされるがまま服を着せられていた。少年からは否定も抵抗も何も無かった。
いや抵抗なぞできないだろう。
だって…
「よし、これでいいか。服ぴったりだ。と、そういえば、これもやるよ」
四郎がポスリと彼の側に置いたのは、先程自分の手で渡した、一羽の鳥の入った檻だ。
ピヨピヨと小さく声を出している。
「いやー最近外に出してやれてないだろ?たまにはいいかなって。嬉しいだろ?」
な?と笑う彼の言葉を聞いても、しかし彼は動かない。
それでも四郎は満足気だ。
チラリと静六は、床にいる鳥を見た。鳥も動かない。
「…惨いことを」
彼の側にいる鳥の羽が切られているからだ。七緒が最初からやったのだろう。(きっと彼の指示だろうけど)
なんでも、羽を切れば逃げないから。らしい。
「これならキミも嬉しいよな?こうすれば鳥は逃げないだろ。はは、一緒だ」
「…アー」
ポロポロと、少年から涙が溢れた。少年は鳥を掴もうにも、掴めない。
ツキリと静六の胸が痛くなった。
「…あーほら、無理するなよ、両手とも腱斬ってんだから」
ぺたりと床に転んだ彼は、やはり動けない。
だって彼の足とて…
「はは、言っただろ?その足の腱も斬られてるって。無理して動くと痛いだろ?ほら、キミは俺がいないとダメだな」
諸悪の根源の言葉に、静六は何も言えなかった。
赤毛の少年…彼をこの部屋に連れて来たのは、四郎だ。いや、部屋を用意したのは兄上だが。
四郎が、黒曜の女神を中に持っている少年を最初に連れて来たが、少年は逃げた。のだが、
四郎が探した所、彼は兄と一緒に居た事が分かったらしい。それから少年は変わってしまった。前に上杉の城で会ったときは、元気でやんちゃに感じたが、今はどうだ。従順な人形だ。
そんな動けない少年はこのお城の奥深くに生かされている。
少年も武士を目指していただろうに、肝心の手と足の腱が斬られているけれど。
むごいと思う。
何も(1人で食べる事も歩く事も着替える事も厠にも行けない、刀も握れない。)出来ないなんて。それに少年は、幼児退行したかのように話せない。
「うー」
「アハハ可愛い。ほらおいで」
抱き寄せながら満足気な四郎を見ながら静六は顔を背けた。
「しっかし、四郎お前、ずっとその子に執心してるな。どんだけ気に入ってんだよ」
「ん?静六もだろ?」
「!」
ドキリとした。まさか四郎にそんなことを言われるとは思わなかった。まさか、あの時のことを五万理が四郎に言ってしまったのか?
不安になった静六の気持ちも知らずに、四郎は彼に視線をやった。
四郎は今の彼を気に入っている。
刀を奪われ腱を斬られ、幼児のようになっていれば自分から逃げることなどしないから。
「って、何しようとしてんだ四郎!」
「ん?あれ、まだいたの静六?」
不思議そうに見てくる四郎は、少年の首筋に唇を寄せていた。
こういう光景は、見慣れているとは言え、兄弟(しかもれっきとした大人)が、少年とやっている行為なんて目の前で見たくはない。
「ッ、俺はもう出る。…いいか、四郎、後で会合には出ろ。」
「分かったよ。じゃあね」
ヒラヒラと手を振る男を殴りたい。けれど、それよりもすぐ部屋を出てしまいたかった。
あの光景を見たら、きっと自分も我慢できなくなるから。あの時のように、手を出してしまいたくなるから。
部屋を出て行った静六を見ていた四郎が、腕の中でモゾリと動いた彼をチラリと見た。愛しい少年がこちらを不思議そうに見つめていた。
「アァ、ごめんな。ふふ、武蔵は甘えん坊だな」
いい子いい子と撫でる手は優しい。
擽ったそうに笑う彼に、愛しいとはこういう事なのだと笑ってしまう。
「…あーあ、静六もか。兄上もだし。きっと他の奴も。それだけ君が魅力的なんだろうね。でも、俺のだから。…そうだ,キミが俺の側から万が一居なくなりそうなら、黒い鉱石にして刀にしよう。そうしたらもう離れないだろ?」
最近ほかの武士達が暗躍しているのは知っていた。兄弟たちだけでなく、他の武士も彼を奪うかもしれない。
もし、彼を奪うものがいたら、その時は彼を殺して黒い鉱石にするのだ。そうすれば自分の刀になる。自分の相棒は一つあるが、彼は共に背中にかけて、いつでも愛そう。
その時を思い、四郎は笑った。