作品展示場

□短文
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それを望む








バッドはたまに、よくわからない事をペンタグラムのメンバーに質問していた。
俳優であるバッドは当然演技の為の教室に通っており、そこで出される課題で
面白いものがあったときに、この個性豊かなメンバーの意見を聞きに来るのだ。
以前は「蜘蛛を演じなきゃいけないんだけど、イモムシと蝶々どちらがおいしいと思うか」だった。
本当によくわからない。



「なあ、明日世界が終わるとしたら皆何する?」

机を囲んで、バッドが持ってきたドーナツをさあ食べるぞ!と言う時に、
いつもの意図が読めない質問が投げ掛けられる。
バッドはへらへらと笑いながらコーヒーを一口飲んで、皆の答えをじっと待っていた。

「バッド、また?」

パンサーが口を大きく開けて、ドーナツに噛り付く。
モゴモゴと口に物を含んだ状態で「大変だね」と呟くので、クリフォードが「パンサー、喋るか食うかどっちかにしろ」と叱った。
慌ててドーナツを飲み込んだパンサーが「ごめんクリフォード」と言ってにしし、と笑う。

「で、バッド。皆に聞くのはいいけどバッドは最初どう思ったの?」

残りのドーナツをどう食べようか思案しながら、パンサーはさらりとバッドに質問する。
バッドのこの手の問い掛けに一番食い付くのがパンサーで、最終的に意気投合するのもパンサーだった。

「俺?俺はねぇ…恋人と過ごすかなぁと思うんだけど、それだけじゃ面白くないでしょ?」

「へー、難しいねー」

「馬鹿かお前、『俺の演技力でなんとかしてやるぜ!』位思わねーのか」

「簡単に言うねぇクリフォード」

「あ?ワイルドなハリウッド様ならなんとかしろ」

バッドとパンサーの会話にクリフォードが絡む。
ドーナツを手掴みで食べた所為で指先に付いた油を拭きながら、
しかしクリフォードはもう完全に「興味無い」と言った風で次のドーナツを物色していた。

「俺はねー、何しよっかなー…クリフォードは何かある?」

「下らねぇ」

真面目に悩むパンサーをあっさりと切り捨てたクリフォードが、ひょいと箱の中からドーナツを取り上げる。

「大体そんなもん知らされるわけねーだろ」

「そうだけど、だからもしもの話」

「俺は普通に一日過ごすからお前の役には立たねーよ」

バッドが尚も食い付いて聞いた後、これ以上絡まれるのもうざったいと思ったのかクリフォードは適当に言葉を濁す。
ドーナツの端に齧りついて、まだ何か言いたげなバッドに対して鼻で笑ってやると
「クリフォード冷て〜」と口を尖らせたバッドが顔を覗き込んできたので、食べかけのドーナツを無理矢理口に突っ込んだ。

「モガッ!?」

「シナモン入りなんて買ってんじゃねぇ張り倒すぞ」

どうやら余り好きではない味だったらしいドーナツを体よくバッドに押しつけて、口直しにまたドーナツの箱を覗き込むクリフォード。
それを横目で見ていたドナルドと、さっきから何か言いたそうにうずうずしていたパンサーとの目が合った。
「あ、」とパンサーが声を漏らしたのを逃さずにドナルドが「どうした?」と優しく促してやると、おずおずとしながらもパンサーが口を開く。

「タタンカとか、Mr.ドンとかは?明日世界が終わるとしたら何をする?」

「あ、Mr.ドンのは俺も聞きたい」

会話に混ざらず黙々と目当てのドーナツと格闘していたタタンカが、
ドーナツからはみ出て手に付いたクリームを舐めながら目を輝かせて斜め前に座ってコーヒーを楽しんでいるドナルドを見つめた。
その視線は純粋な好奇心に満ち溢れており、本当に他意も何も無く真っすぐドナルドを射ぬいている。

「…そうだな、特に何もしないだろうな」

手元のコーヒーを揺らして暫く考えた後、先程のクリフォードと同じような答えを導きだすと
バッドが「え〜ドンもかよ〜」と不満たっぷりに肩を落とした。

「俺は至って平凡な高校生なんでね、ハリウッドスターの役に立つことなんて出来ないさ」

平凡な、と言う言葉に一同から「どこが」と言う否定を貰いながら、ドナルドは肩をすくめてコーヒーを見た。
本当はきっとやるべき事があるのだろうが、咄嗟に思い浮かばなかったのだ。

「あ、じゃあさ!本命の子に告白とかしないわけ?」

突然バッドが何か閃いたような顔をして、明るくドナルドに問い掛ける。
視線はきっちりとドナルドを向いたままだが、その意識はドナルドの斜め前に座っている人物に向けられているようだった。
バッドとドナルド、二人だけにしか分からない裏の意図を汲んで、ドナルドが溜め息を漏らす。

「哀しいなぁバッド、俺は哀しい」

ドナルドはお決まりの台詞を口にして、ゆったりと質の悪い椅子にもたれかかり
ギギッと耳障りな音がして、それ以上は壊れるだろうというギリギリの所で止まる。
先ほどのバッドの質問に顔が引きつったパンサー、耳だけこちらに向けているクリフォード。
部屋の奥から順に視線をやると、最後に興味深々と言った顔のタタンカとぶつかった。

「Mr.ドン、本命が居たの!?あんなに毎日とっかえひっかえしてて?!」

キラキラと黒い瞳を輝かせて、紅茶を飲もうとしていた手を止めてタタンカが問いを投げ掛けてくる。
彼は変な所でドナルドの人間味を疑うのだ。そしてその真意を素直に確かめようとする。

「…どういう認識だね?タタンカ」

にこ、と微笑み返してやると、タタンカは自分のした発言の意味に気付き「ごめんなさい」と謝ったが
その好奇心に溢れた瞳だけは、まだキラキラと輝いていた。
ふと見れば、パンサーもこちらを見ていたようで、あわてて視線を外される。
バッドは質問当初のようにへらへらと笑っているし、クリフォードに到っては身体ごとこちらを向いて既に聞き入る体勢だ。

ある種の諦めを抱いて、ドナルドは深くため息を吐くとゆっくりと口を開いた。

「…その、浅はかな心が俺は哀しい。世界最後の日だろう?そんな日に想いを伝えてどうすると言うのだ」

「最後の日だから気持ちを伝えるんじゃねーか!片想いで終わる気か?ガラじゃないだろ?」

バッドが勢い良く言葉を返すと、それをまたドナルドが一呼吸も置かず答える。

「成就するとは限らん。受け入れたにしろ断るにしろ告白された方の心にわだかまりが残るのは確かだ」

「Mr.ドンもふられるの?」

間髪入れずタタンカが思ったままを口にした。
しまった、と口に手を当てたが既にそれはドナルドの耳に届いてしまったらしく、ドナルドが眉を上げる。

「タタンカ。俺も人間で欠点が沢山あるのだ。全てが思い通りになるわけじゃない」

「…ごめんなさい」

「わかればいい」

おどけた顔をしてドナルドが笑いかけると、タタンカのしゅんとしおれた表情も、少しずつ明るさを取り戻していく。

「…だから俺も何もしない。わかったな?バッド」

少し気まずくなった空気から、ようやっと話を持ち出した張本人に話題を返せると、ドナルドはこれ見よがしにバッドの名前を呼ぶ。
当のバッドは肩をすくめて「わるかったよ」と態度で示すと既に空になったドーナツの容器を潰しはじめた。

「あ、そうだタタンカ!お前なら何する?」

だがまだ懲りずに全員分を聞き出そうとするバッドに半ば呆れながら、タタンカは律儀にうーんと首を捻る。

「…感謝、するかな。自分を支えてくれた人や物や目に見えない、何かに」

「感謝ってまぁ…タタンカらしいけど。具体的には何すんの?」

「う〜ん」

そこまで考えてなかったのか、また首をひねって暫く考えたタタンカだったが
「あ」と何か閃いたような顔をしたあと、きりっと顔を整えて口を開いた。

「…感謝の、キスをする…とか…?」

その真面目な顔からは想像もつかない答えに、一同は笑いを堪え切れず声をもらす。

「マジかよタタンカ!はははっ!!」

「わ…笑う事ないだろバッド!真剣に答えたのに!」

「タタンカがキス魔になったら世界が終わる前兆だとよパンサー」

「にししっ!こわ〜」

「クリフォード!パンサー!あ〜もう!言うんじゃなかった!!」

「それは怖い。タタンカ、是非とも真面目なお前でいてくれ」

「Mr.ドンまで!!」


ギャーギャーと自分の発言を恥じるタタンカを皆口々に好きな事を言ってからかい、
一通り笑いの波が収まると、パンサーが至極真面目な顔をしてポツリと呟いた。

「でも…世界最後の日なんて、そんなのは当分来ないほうがいいな…」

当たり前だけど!と付け加えていつも通りの笑顔をパンサーが浮かべると、
バッドもタタンカもクリフォードでさえ「そりゃそうだろ」と声を揃えてまた笑った。








少しだけ、世界の終わりを望んだ男は

「浅はかな心が哀しい」ともう一度心の内で呟くのだった。









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たとえその行為に自分が抱いている感情のひとかけらすら無いとしても。




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