作品展示場

□短文
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これではときめかない







日課のように定時で見るニュースの合間のほんの数分に、一体何回同じものを繰り返すつもりなのか。
クリフォードは、本日何回目になるかわからない映画の宣伝CMに、いい加減嫌気がさしてその身をソファーに投げ出した。
俯せにクッションに顔を埋めてみても、テレビから流れるうたい文句は変わらない。

‐青年時代の言葉に、一体どれほどの重みがあるって言うんだ?
『愛してるんだ君を。これは運命なんだ』
一人の青年の、甘く切ない成長の物語‐

使い古されたテーマを、今話題の監督音響映像と役者で構成された、ありきたりな映画のありきたりなCM。
ニュースのスポンサーなのだろう配給会社が、今年一番金と時間を費やして作ったであろうこの作品。
各地の凄惨な出来事や政治や催しや取り組みやちょっとしたハッピーな出来事を電波に乗せる番組の間に
刷り込みでは無かろうかと言うくらいに、嫌と言うほど繰り返される。

それでもクリフォードはテレビの電源を落とす気力も無いようで、顔を埋めたクッションの隙間から横目でチラリと声の元を見た。
そこには見知った見知らぬ顔が、至極真面目に口を開いている。

『愛してるんだ君を。これは運命なんだ』

大きく息を吸う。クッションは何の匂いもクリフォードに与えてはくれなかった。
身動ぎをしてみてもそれは同じ事で、動く事を億劫に感じたクリフォードはテレビに背を向けた体勢で体を落ち着かせた。

各地のニュース、株価の如何、今日のスポーツ、明日の天気…
電気屋、保険屋、銀行、映画、映画、映画…

何もパターンの違う物を三度も繰り返さなくてもいいだろうと思うのは自分だけでは無いはずだ。

製作費何億ドル、豪華キャスト、見所、いつから上映するか、そしてお決まりの台詞…

『愛してるんだ君を。これは運命なんだ』



大きな仕事だから撮影期間が長いんだ、ごめんな行ってきます。
それだけ言って頬にキスを落として行った奴は、まだ帰ってこない。
とっくに映画の撮影なんか終わっている。公開記念の会見だって済ませた筈だ。
「新しい仕事が入ってしまったので暫らく帰れそうにありません」とだけ書いたメールを送ってきたきりで
電話の一本も寄越さないで、出ていってから一年と半分が過ぎた。
もうソファーもクッションも彼の名残を何も残していない。
彼の愛用の香水も蓋を開ければ甘ったるい匂いは運んでくれるが、彼の匂いの混ざらないそれは只の不快な物でしか無かった。

CMが切れてニュースが始まる。
『次は話題の映画の二人の熱愛報道です!』
下世話な話し方の芸能記者、バカなナレーター、事情通ぶった顔に汚さが滲み出た年増の女が叫ぶ。
『話題に事欠きませんね彼は!彼に抱かれたい女性なんてそれこそ星の数ほど居ますよ!見てくださいこのCM!!』


いい加減に苛立って、耳を塞いでみる。テレビを消す勇気なんて無かった。
何故ならそこからは幾日も待ち望んで聞きたかった彼の声が流れてきて、甘く囁いているのだから。

けれど…




『愛してるんだ君を。これは運命なんだ』




これではときめかない。



帰って来る前にとりあえず家の鍵を全部付け替えてやろうかなんて、出来もしない事ばかりがクリフォードの頭を駆け巡るのだった。













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生のお前じゃないと意味が無いんだよ!





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