作品展示場

□短文
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こころをつかむ







夕日だった。

初めて彼のヘルメットのない姿を見たとき、彼の背景に広がるのは
地平に赤く揺らめき溶けていく太陽とその色を伸ばした空だった。

橙に縁取られた細長いシルエット。
肌は光を受けてなお黒く、髪は光を跳ね返し夕日と同じ色の輪を作っていた。

逆光にキラリと光るものがあった。影に覆われている筈のそこが、真直ぐに自分を見据えている。

ヘルメット越しには分からなかったその色が、やけにすんなりと自分の錯覚を上塗りしていった。
ボールを追う目はもっとギラギラと赤かったように思うが、
試合が終わった今はその鋭さが若干和らいでいるように思えた。

見つめ返していると、ふい、と視線を逸らされた。
気まずくなったのだろうと思い当たって、別段何も言わなかった。
顔ごと背け、夕焼けに縁取られていく輪郭。
黒い睫毛の下で、橙に染まった瞳は暫らく何の感情も読み取れなかった。

じっと言葉を待ちながら、思案しているだろうその瞳の色を正確に知りたいという欲求が頭をもたげた。

今は夕焼けに染められている。しかし普段はどうなのだろうか。


自分は彼をまだ全く知らない。


グラウンドに設置された照明がちかちかと戸惑うように瞬いた後、ぱっと明るく照る。
夕日はもうほとんどが地平に吸い込まれていて、その色を僅かに残すだけだ。

そっと居なくなり、気温を引き連れていく太陽が居なくなっても、自分と彼はグラウンドに居た。


「…さっきの話だが…」


ゆっくりと言葉を選ぶように、薄い唇が動いた。
心と同様に揺れているのだろう体の軸に連動して、だらりと垂れる長い腕が揺れる。


「…暫らく、考えさせてはくれないだろうか?Mr.ドン…?」


自分の呼び名を紡いだ唇に声に、思いがけず心臓が跳ねて
おおこれは単に才能だけに惚れ込んだわけでは無さそうだ、と他人事のように内心舌を巻いた。


「ああ、いいとも構わない。君が最良だと思う道を選ぶと良い。
だが俺が君の才能をこんな所で埋もれさせてしまう気は無い事を覚えておいてくれ。
例えどんな手を使ってでも、だ…」


ニヤリと笑って言葉を返すと、困ったような申し訳ないような顔をした彼がこちらを真直ぐ見て肩をすくめた。
夜の照明に照らされる、暗い焦げ茶に縁取られながらも煌めく色。


「怖い事を言わないでくれ、恐怖に考えがまとまらない」

「ははっ!そうか。それはすまなかったな、タタンカ」


夕日だった。
迷いを含んでは居たが、燃えるような橙。
その色を知った。見つけてしまえば目を離せない、息を詰めて意識を持っていかれるあの強烈な色。


「ではまた後日改めて。連絡は…そうだな、後でアドレスを教えよう」


まずは着替えを、とやっと二人してグラウンドを後にする。


ドナルドは目を閉じて、目蓋の裏に焼き付いた色を暫らくは忘れられそうに無いなと笑った。







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