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わからない子
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午後1時。この時間帯、日和幼稚園はお昼寝タイムの真っ最中だ。

午前中元気いっぱいの園児にふりまわされた職員がやっと一息つける時間でもある。

ただ、たまに。

「曽良くーん!お昼寝の時間なんだからほら、みんなとねんねしよ?」

「いやです」

こういう子が出ちゃうんだよねぇ。

「なんで?眠くないの?」
私は心の中でため息をつく。
お昼寝の時間だというのに頑なに寝ようとせず、敷かれた布団の上にただ座って窓の外を見ているのは曽良くん。変わった子が多い日和幼稚園の中でも、とりわけ謎めいた子だ。

「ねむくはありません」

「横になって目を閉じていれば眠くなるよ?」

「べつにねたくもありません」

ぴしゃりと言い放たれる。困ったなあ。

「寝たくないって曽良くん・・・今はお昼寝タイムなんだから、寝なくちゃだめでしょう?」

「・・・・・・・・・」

曽良くんは何かを考えるように首を傾げる。もっとも、無表情な子だから本当の所はわからないけど。

「・・・どうしてもぼくにねてほしいですか」

いや、寝てほしいとかじゃないんだけど。

そう思ったけど、ここは頷いた方が事が進みそうなので頷いておく。

「じゃあ芭蕉さん、ぼくとおままごとしてください」

「え?」

びっくりした。曽良くんは物静かで、いつも黙ってどこか遠くを見ているか、本を読んでいるかのどちらかだから、まさかその口からおままごとなんて言葉が出て来るなんて思わなかったから。

「だめならいいですけど」

「い、いやだめじゃないけど」

「じゃあやりましょう」

ああ、なんかもう完全にこの子のペースだな。
我ながら情けない。

「ぼくがおっとで芭蕉さんがつまです」

しかもまさかの夫婦設定のおままごと。いや、いいんだけど。本当にらしくないなあ曽良くん・・・明日は槍が降るにちがいない。


「わかったよ・・・」

「ふとんの上がおうちです」

ぽんぽんと曽良くんが自分の隣を叩く。しかたない。
私は素直に曽良くんの横に座った。

「ただいま。ああ、つかれたよ」

おもむろに曽良くんがネクタイを外すような仕種をしながら言った。

始まったようだ。しかしなんか、曽良くんがおままごとしてるってちょっと不気味だけどかわいいな。

「あ、あらあなた、お帰りなさ・・・ぐぼぁっ」

何故か平手打ちをくらった。
笑顔で妻っぽい台詞を精一杯言ったのに。

「なにすんのさ?!」

「しずかにしてください。・・・すみません。ジジィのカマくちょうがあまりにも気持ちわるかったもので」

かわいくなんてなかった!曽良くんは曽良くんだったよ!

「妻役やれっていったの君じゃないか!(小声)」

「芭蕉さんのいつものくちょうでおねがいします」

「あーもうわかったよ!やればいいんだろ!」

ちきしょー!鬼子だよまったく!

「ただいま」

再び曽良くんが先程の仕種を繰り返す。

「え、えっと・・・おかえり曽良くん。疲れたでしょ?お風呂にする?ごはんにする?」

「おまえ」

「・・・・・・・・・はい?」

「おまえ、といいました」

「ええぇえ?!「だまりなさい」

「ひぐま!!」

ま・・・また平手打ちされた!
ああでもそんなことよりも!

「だ、だって曽良く・・・おまえ、て意味わかって言ってる?」

「愛のいとなみをしましょうといういみです」

最近の子って・・・!!

私が頭を抱えている間に曽良くんはぽすんと布団に横になっている。

「さ、はやく芭蕉さんもよこになってください」

「い、いや、だってきみ、」

「なにをそんなにあせっているんですか。手をつないでねるくらいでぎゃあぎゃあいわないでください」

ぐらいってだって・・・って、え?

「手・・・?」

「ちがうんですか?愛しあうふたりは愛のいとなみをするんだってテレビできいたんです。いみがわからなかったので母さんにきいたらそういってたんですが」

お母さんナイス!だよね!わかってるわけないよねよかった・・・!

「ううん!違わないよ!」

「じゃあとっととよこになりなさい。まったくとろいジジィですね」

「君っていつも一言多いよね・・・」

「ほんとうのことじゃないですか」

なんて辛辣な幼稚園児なんだ!とはもう口に出さず(どうせ倍返しされるだけだと学んだ)私は素直に横になった。

曽良くんが差し出すその小さな手を握る。

「曽良くん、手あったかいね」

「芭蕉さんのてはあせかいててきもちわるいですね」
「かいてないわい!失礼だよ本当に!」

「じゃ、ぼく寝ますから。起きるまでこのままですよ。少しでもうごいたら目ぇつきますから」

目突くって・・・恐!ということを口に出す前にもう曽良くんは寝てしまった。
なんだちゃんと眠れるじゃない。


「・・・・・・寝よ」

目を突かれるのは嫌だし。それに曽良くんの無防備な寝顔、結構可愛いし。

なんか、こういうのも悪くないなって思ったから。






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