文2

強制的呼称変化イベント
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「あ、ニアちゃんここにいたんだ」

君の声は心地良い。

「ニアちゃん、どうしたの?」

だから、ずっと聞いていたくなる。

「ニアちゃーん?」

だが、余計なものがついているな。

「私は、ニアだよ」

「え?だからニアちゃん・・・」

「ニアだよ」

音楽コンクールの全国大会で優勝して、私が小日向かなでを名前呼びするようになって数週が過ぎた今日この頃。私はある不満を抱えていた。

「・・・・・・ニ、ニアちゃん」

この、呼び方。私は自分の名前に余計なものがくっつくのを好まない。
特に親しい者にはありのままの名前を呼んで欲しいと思う。だが再三の私の要求を跳ね退けこの呼び方をかなでは死守していた。

「ニアだよ、かなで」

私はいつものソファに横たえていた体を起こして空きスペースを作った。

ぽんぽんと自分のすぐ隣を叩くとかなでが素直にそこに座る。
・・・ふむ。素直すぎるというのはやはり少し危ういな。

「呼び方を変えるって、結構大変なんだよ・・・ニアちゃん」

困ったような顔。これくらいで困られても困る。
音楽以外の事柄についてはおよそ闘争心や自分の意志をあまり持たないかなでには珍しく人の説得に応じない。
確かに音楽コンクールに出てからというものかなではいい意味で変わってきたとは思っていたが、やはりここまで頑ななのは稀なことだ。

「君は素直なくせに変な所で強情だな」

「だって」

さらに眉を八の字にして困ったような顔をしたってこれはゆずらない。

「呼び捨てってなんか、恥ずかしい」

顔を赤くしてもダメだ。

「君の恥じらう姿が見たい」

「な、なんで」

「可愛いからに決まっているだろう」

「・・・ニアちゃん何言ってるの」

そこで本気で首を傾げないで欲しい。
私が馬鹿みたいじゃないか。
如月兄弟が朴念仁なせいで自分の容姿に対する評価を信じない謙虚な親友を見て私は溜息をついた。

なんであの兄弟の朴念仁のせいで私が苦労しなくてはならないのかが甚だ不満ではあるが・・・まあ、そこは後でゆっくりわからせてやるとしよう。

今はこの問題を片付けるのが先だ。

「君は私を呼び捨てにするのが嫌か」

「そういうわけじゃないけど」

「ふむ、嫌ではないんだな」

なら遠慮する必要もあるまい。
私は体を再びソファに横たえた。ただし先程とは違い確固たる目的を持ってだ。

「・・・悪くない」

細いふとももの感触を頭で感じた。ひざ枕状態だ。

「ニアちゃ、ちょっと」

「君が私の名前を呼ぶまでどかないからそのつもりで頼む」

「そんな?!」

「中々良い感触だが・・・些か硬いかな。君はもっと食べるべきだ」

「やめっ・・・感触とか言わなくていいから!」

「名前を呼べばどくが」

「・・・・・・・・・・・・」

「私はどっちでもいいぞ?このままずっと君にひざ枕されっぱなしというのも悪くないしな」

「・・・ニ、ニア・・・ちゃんっ」

私の顔を覗き込みながら真っ赤になっているかなでを見るのは面白い。

「無理だよ本当にー!」

「まあ気長に待ってるよ。君のひざの上でな」

「意地悪っ」

「意地悪でけっこうだ」

「ニア・・・ちゃんのバカ」

「はいはい」

「バカー!」

それからどれくらい時間がかかったか、どれくらいかなでの逡巡が可愛いかったかは詳しくは解説しない。
ただ、やっとかなでの口から私のありのままの名前が呼ばれた時には窓の外は薄暗くなっていて、かなではひざがしびれきってしまって立ち上がるのが大変そうだったこと、それとかなでを困らせるのは最高に楽しいという事実に気付いたといいことだけを言っておこう。

まったく、君はどこまでも魅力的だな。






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