文2

ひらがなのこいびと
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うちのお姉ちゃんはすごいです。
かっこよくて美人でお酒が強くて、お兄ちゃんよりも力持ちです。
なにより皆に優しくて、誰からも好かれる皆のヒーローみたいな人です。

でも、ときどき心配になります。

かっこよくて美人でお酒がつよくてお兄ちゃんよりも力持ちな誰からも頼りにされるお姉ちゃんは、悲しい時や苦しい時に一体誰を頼ればいいんでしょう。


一度だけ聞いてみたことがあります。

そう、あれはある夜のこと。珍しく静かにお酒を呑んでいたお姉ちゃんの顔にやけに影が濃かったから、思わず聞いてしまったのです。

「メイコお姉ちゃんは、泣かないの?」

聞き方が、言葉の選び方が悪かったと今なら思います。
タイミングも悪かったかもしれません。

一瞬強張った表情と、その後の無理をして作ったような、でも本当に優しくて気遣われたことが単純に嬉しそうな顔でお姉ちゃんは言いました。

「泣かないわ。大人だもの」

お姉ちゃんは私の髪をそっと梳きました。

「それにこんなに可愛い妹がいるんだもの。泣くことなんて一つもないわ」

笑顔。きっとそれは、本心からの言葉でした。
メイコお姉ちゃんは嘘がつけない人だから。

でも、だから尚更私は悲しくなりました。
だって大人だから泣かないなんて、そんなの絶対おかしいです。
それを本気で信じてしまっているお姉ちゃんが、私には悲しくてしょうがなかったのです。

「え、ちょ、ミク?どうしたの」

ほっぺたにお姉ちゃんの冷たい手が触れました。それで、ああと私は気付きます。
いつのまにか、私は泣いていました。

役立たずな私。今私が泣いてもどうしようもないの涙は止まりません。

「・・・お姉ちゃん」

「なあにミク」

優しい声。

「・・・おねえちゃん」

涙が止まりません。
頭を撫でるお姉ちゃんの手が優しくて、それが悲しくて。
私が感じているこの安心感をお姉ちゃんに与えられる人はいないから。

強くなりたい。お姉ちゃんが頼ってくれるくらい強く。

でも、たぶんお姉ちゃんは私がどんなに強くなったって私を頼ってはくれないことを私は頭のどこかで知っています。

私は妹だから。

姉は妹を守るものだとメイコお姉ちゃんは力強く笑います。

嬉しいと思います。
頼もしいと思います。

でも、寂しい。
妹だってお姉ちゃんのことを守りたいのに。

あの夜は結局私が慰められてしまいました。
情けない話です。






「・・・だから、で?どうしてそれがこうなるのかしら、ミク」

私の体の真下で動揺を隠せないでいるお姉ちゃんが言いました。
私は安心させるようににっこりと笑います。

「妹にね、甘えられないのは私もわかるの。私だってリンの前ではかっこつけたいもの」

だからね。私はお姉ちゃんの両肩に置いた手をそのほんのり赤くなった頬にやります。お姉ちゃんの肌は滑らかで気持ちいいです。

「手っ取り早く、お姉ちゃんが気軽に甘えてくれるポジションをもらおうと思ったの」

すっと頬を指でなぞります。お姉ちゃんはなにかを堪えるように目を細めました。

お姉ちゃん、可愛い。

「・・・そのポジションって」

「もちろん、こいびとだよ」

支え合える立場。
甘え合える場所。
私が数日かけて見つけた最良の答えでした。

お姉ちゃんは困ったように眉を寄せます。

「ミク、恋人っていうのは」

「知ってるよ。私はお姉ちゃんが好き」

「・・・・・・」

「お姉ちゃんだって私のこと、好きでしょう?」

元から、私を本気で拒絶なんかできないお姉ちゃんは真っ赤になったまま固まってどうしていいかわからないという顔をしました。

「お姉ちゃんが好き。お姉ちゃんを支えたい。お姉ちゃん、今のまま一人で頑張ってたら、破裂しちゃうよ?」

「んな・・・だ、だって」

「だって?」

「なんか、おかしいでしょ」

「何が?」

「・・・なにかが」

「それじゃあわからないよ」

「・・・・・・」

「ねえ、お姉ちゃん」

深紅の瞳が揺れるのを見つめます。
綺麗で、まっすぐで、危うい。その瞳はお姉ちゃんの強さと脆さの象徴のように思いました。

「こいびとになろうよ」


自分の笑顔の威力くらい知ってます。だから、今はそれを最大限に引き出せるように顔を近づけて、私は言いました。


・・・・・・・・・こく、り。


躊躇いがちに縦に揺れました。

「お姉ちゃん、大好き」

言質をとったなら、あとは少しずつ近づくだけです。お姉ちゃんが私に寄り掛かれるように。私がいつでも近くにいて、守ってあげられるように。


私たちは、こいびとになりました。






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