文2
□溺れる魚
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ぐいと乱暴に突き付けられた包み紙はピンクのハートマークがちりばめられたかわいらしいもので、それがあまりにも私達に不似合いで笑えた。
「あげる」
仏頂面でそっけなく言う年下の先輩は赤い耳を自覚しているのだろうかとぼんやりと考える。
…それとも、自覚できないくらいに必死なのかしら。
ありえる話だ。先輩ぶるのに必死なのが誰からみても丸わかりなのに本人だけがそれに気付いていないのと同じようにきっと今日のこの瞬間もそうなのだろう。
「どういう風の吹きまわしかしら」
「別に。……余った。っていうかいくらあんた相手でも全員にチョコ配ったのにハブるとかそんな大人げないまねしないし。だから、あげる」
なにそれ。私は思わずふき出しそうになる。
余ったと最初に言ったくせにすぐにそれを翻すなんて余程余裕がないらしい。
そんな所がたまらなく可愛くて、たまに苛立たしい。
「いらないわ」
いじめてやりたくなったので、そう言ってやった。面白いくらいにその顔が曇るのを観察する。
瞳にたくさん涙が溜まっていくの光景というのは中々面白いとどこか遠いところで思ったような気がする。
――――あ、泣く。
「でも、どうしてもというなら貰ってあげなくもないわよ?リン」
涙が零れる寸前に早口でまくし立てた。
ほとんど無意識の行動に自分で驚く。
先輩を泣かせてやりたいと思う反面、泣かせたくないとも思っている私の身勝手さ。矛盾しているその想いに。
「……ばーーーかっ」
べしっとチョコを思いっきり投げつけられた。まあそりゃ怒るわね。
「先輩かお姉ちゃんて言えばか後輩」
それだけ言い捨てると先輩は踵を返して走り去ろうとする。
たぶんこのままここにいると泣きそうだからだろう。あえて追うこともない。
そう思ったはずなのに、私の手はがっちりと先輩のか細い腕を掴んでいた。
「んな!?」
びっくりして多い目をさらに大きくするのを同じくびっくりしながら見つめる。
えっと、あれ。
「離しなさいよ」
咄嗟にそれを口に出したのは手を掴んでいる私自身だった。
「こっちの台詞だよ?!何あんた!」
まったくもってその通りだった。
私は一体何をやってるの。
慌ててぱっと手を離した。
「あ、」
先輩はそのまま何も言わずに走り去ってしまった。
その場には私一人が残される。
……何、今の。
自分の掌を見つめる。
余裕がないのは、私も一緒なのかしら。
――本当に溺れかかっているのは、どっち?
その答えはまだわかりたくなかった。
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