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手作りチョコのススメ
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「レン、チョコの大きさってこれくらいでいいの?」

包丁を持つリンが不安そうに聞いてくる。

「ん。んー、いいんじゃないか?」

「・・・何そのテキトーな感じ。あたしは本気なんだからね!ちゃんと指導してよ!」

「何でお前はそう尊大なんだよ!それは後々溶かすからいいんだって!」

俺がそう言うとぷくーっと頬を膨らませてリンは黙った。

今日はバレンタインデー前日の2月13日。
全国でわりと多くの女の子が夜更かしして誰かのためのチョコをこしらえる大事な日だとバカイトは言っていた。

そしてその例に漏れず、俺の片割れもそんな女の子のひとりだった。


「で、じゃあこれを溶かすのね・・・よし!」

「待てリン。お前はそのドでかい中華鍋で一体何をどうする気だ」

そして俺は、そんなリンが心配でもらえもしないチョコを作る手伝いを申し出た超出来た弟というなんとも可哀相なポジションにいる。

シスコンでは断じてない。
リンの料理とそのせいで被害を受けるであろう我が家の稼ぎ頭のミク姉が倒れた場合の家計の困窮を慮っての行動だ。

「チョコは湯煎で溶かすんだよ。炒めたら焦げ付いちゃうだろ」

「え?そ、そうなの?」

「そうなの。ったく。リン、湯煎はやっとくから生クリーム作ってろ」

「わかった!掻き交ぜればいいんだよね?」

「そう。こぼすなよ」

「ラジャー!」

俺はため息をひとつついて作業にとりかかる。仕方ねえから自分と、あとチョコをもらえないであろうムサ男二人にも作ってやることにする。なんだこのしょっぱいバレンタインは。

「・・・ミク姉、喜んでくれるかな?」

「喜ばねえわけねーよ」

リンは俯いてか細い声を出した。
それに対する答えなんてひとつしかないってのに。
まったく恋する女の気持ちはわからん。あれだけわかりやすく好かれておいてからに不安そうな顔でそんなことを言う。

「ほ、本当に?」

「本当に」

ようやくほっとしたように胸を撫で下ろすリン。
その時だった。


「そんなリン姉様に朗報です!」


「「っっぎゃーーーーーーーー!!」」

突然響いた声にさすがは双子、ぴったりと息の合った悲鳴を上げた。

「あらやだ。まるで人を幽霊か何かみたいに」

「・・・る、ルカちゃん」

「お兄様にお姉様、こんばんわ」

丁寧にお辞儀するピンク色の髪の年上の妹はつまらなそうにチョコを一瞥し、大袈裟に歎いて見せた。

「実に嘆かわしいことです!姉様が小癪なお菓子会社の思惑に嵌まられてしまうなんて!」

「な、なんの話・・・」

「そのチョコ!リン姉様は明日ミク姉様に『手づくりチョコ』と称して差し上げるおつもりですね」

そうだけど何か・・・と俺達が返す前にルカちゃんは舞台女優のように大きく肩をすくめた。

「よろしいですか?溶かして固めるだけでものを手づくりと呼べるのなら、この世に料理の出来ない人間なんて存在しません。姉様方の今やっているそれら一連の作業は『料理』とは似て非なる言うなれば『工作』ですね」

ひでえ言いようだった。

「リン姉様のミク姉様への大いなる愛は不祥の妹である私でもよく存じ上げているつもりです。でも、だからこそ姉様に申し上げたいのです」

ビシィ!とリンを指さしルカちゃんは無駄に高らかに言った。この人、歌手より女優に向いてるんじゃねえか?

「ずばりお姉様、そんな工作で満足ですか?もっと自分の溢れんばかりの愛を形にしたいと思いませんか?」

「し、したい!」

「え?オイオイリン、乗せられんなって」

「実はあたしも思ってた・・・こんな作業に意味はあるの?これなら市販のおいしいやつをあげた方が効率よくない?って・・・」

「待てリン、お前『こんな作業』に俺を付き合わせたのか」

「姉様」

ルカちゃんはそっとリンの手をとる。あれ、俺無視されてね?

「だから私も考えました。メイコさんにどう愛を示せば良いのか、と・・・そして、ついに閃いたのです!」

ばん!とルカちゃんは自分で効果音を付けて自身の服の中から袋を取り出した。なんつー女だ。

「究極の手作りを贈るための秘策・・・カカオの種です!」

やっぱりかよ。
ある程度予想はできていた展開だった。

「私、今年は甘んじて市販のチョコをメイコさんに渡します。そして来年、このカカオから作った本当の手作りチョコレートでひとつかっこよくリベンジすることをここに宣言致します!」

「本当の・・・手作り」

なにやらその言葉はやたらリンの心に響いたらしい。リン、そんな滅多にしないようなシリアス顔をこんなとこで使うんじゃねえ。
うんざりしてもう帰ろうかと思い始めた俺の横で茶番は続く。

「そうです。そしてリン姉様にお願いがあります。私とこの種、育てて頂けませんか」

願ってもない提案でた言わんばかりにリンは明るい顔を見せる。

「ルカちゃん、いいの?」

「私では面倒見切れませんもの。仕事もありますし。だから、交代でこれの番をしてほしいのです。お願いできませんか」

がしっと二人は手と手を握り合いどっかのスポ根漫画のようなきらきらした目で明後日の方向を見た。

「・・・うんっ!一緒に本当の手作りチョコ渡そうね!」

「お姉様・・・」

「ルカちゃん・・・」

その後どうなったかは知らない。俺がチョコ作りに集中して雑音をシャットダウンしたから。
カカオって日本の気候でちゃんと育つのか?
そもそも一年でチョコを作れるまで成長すんのか?
っていうか実からどうやって作るんだ?

疑問が絶えないが俺は頑として突っ込まない所存だ。
あと絶対手伝わねえからな。
そう心に決めて俺は黙々とチョコを作った。







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