文1
□あなたの言葉
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はぁ、と苦しげに吐き出す息が熱い。
「38.4。高いわね」
体温計を見たメイコさんが呟く。
私は風邪をひいてしまっていた。
「う、ぅ」
「苦しそうね」
事実苦しい。関節が痛いし暑いのに寒いし、なんだか自分が弱い生き物になったような気がして普段虚勢をはってひた隠しにしていた部分が剥き出しになるような不安感がある。
「・・・メイコさんが、ちゅーしてくれたら・・・なおりそうです」
なんて、甘えてみても。
「うつるからダメ」
ほら、断られることはわかっていたはずなのにこんなに精神が揺らぐ。
だから冗談なのに食い下がりたくなる。
「そこを・・・なんとか」
「やーよ。あたしまで倒れたら誰があんたの看病すんの。他の奴なんかに渡したくないじゃない」
メイコさんは平然とそんなことを言う。
どうして顔色ひとつ変えずにそれを口に出せるんだろう。
私はまるで初恋真っ最中の小娘みたいに頬を染めて立ち尽くすしかできない、のに。
・・・あれ、なんだろう、熱のせいか、思考が。
だめだ。なんだか今メイコさんにここにいてほしくない。
だって。
「・・・いいじゃないですか、別に」
「あ?」
気付けば私は起き上がってメイコさんの手首を掴んでいた。
そのまま唇を、メイコさんの唇を奪おうとして、私は。
「ちょ、ルカ!」
「いいじゃないですか」
恋人同士で何か問題でも?
「や、マジでうつるから!」
拒否、しないで下さいよ。
「どうでもいいです」
それよりも。
「そんなことよりも、私はメイコさんとキスしたいです」
ひどいこと言ってる。メイコさんの健康よりも、だなんて。
でも止まらない。
早く早く、はやくメイコさん、怒って下さい。
「・・・で、そんなこと言ってあたしが怒って出てけばいいってか?」
―――あ、
ぐるりと視界が反転した。
「この程度の力で押し倒されるぐらい弱ってる奴が、余計な気遣いしてんじゃないっつーの」
「・・・・・・、ぁ」
メイコさんは大きなため息をついて、呆れたように言った。
「なんでばれたんだって顔してる」
だって、嘘がばれたことなんて今までなかったんだもの。
「・・・どうして、ばれたんでしょうね」
「あんたのことだもの。わかるわよ」
そんなの悔しい。私はあなたの考えてることなんてよくわからないのに。
「答えになってませんよ」
「そうかしら」
そうですよ。
頭の奥がチリチリと痛む。なんで、こんな気持ち。
焦燥、不安?
熱のせいなのかしら。
心の暗いところから湧きあがるの・・・・・・これは、記憶?
記憶、
―――ああ、そうか。
探し当てた思い出は今まで付き合ってきた女の子達がいつも最後に言っていた言葉。
『ルカが何考えてるか、わかんない』
今の私はあの時の恋人達と同じだ。
メイコさんが、何を考えてるかがわからない。
先回りは筒抜け、嘘は見破られ、真っ赤になってあたふたするのはいつも私でやり返すこともできない。
どうしようもなくかぶるあの時の子たちと私、そしてあの時の私とかぶる貴女。
だから恐い。過去の私とおんなじようにメイコさんが私に別れを告げることが。
「なんつー顔してんのよ」
そんなにひどい顔をしていただろうか。
「別に嘘ついたのはもう怒ってないわよ」
ちがう。
「わ、たしは」
「ん?」
「メイコさんの考えていることが、わかりません」
「んー」
ひんやりとして心地良い体温が額にのせられた。
あ、つめたい。
「何考えてるって、決まってるでしょ」
悪戯っぽい笑顔。
「あんたのことよ」
四六時中、そればっか。そう言って頭を撫でる。
やられた。
人を油断させとおいてそんなでっかい爆弾投下してくれるなんて、反則じゃないですか。
「・・・そ、ですか」
「そうよ」
じんわりとメイコさんの言葉が広がっていく。
・・・参っちゃいますよ。
まったく、私って現金ですかね。
あなたの言葉が、魔法みたいだから。
さっきまで何が不安だったのか、もう忘れちゃいましたよ。
「メイコさん」
「おう」
「私も、です」
あ、赤い。
「知ってるわよ」
そう言ってメイコさんは笑った。
ああ、そうか。
笑えばいいんですね。
・・・私も、きっとそうればよかったんですね。
「メイコさん、私メイコさんの作ったお粥が食べたいです」
「よし!愛情たっぷり入れて作ったげる」
私は微笑んだ。
そうしたらもう、不安なものなんかなかった。
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