文1

ばか!
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今歌っている曲が、激しめの曲で本当によかったと思う。今日の私にバラードは歌えそうにない。

リンのばか。リンのばか!リンのばーーかっ!!

ひたすらにそれだけを思って歌う。それ以外は考えられない、と言った方が正しいかもしれないけど。



私とリンはかなり険悪な仲だ。良くも悪くも負けず嫌いで意地っ張りなリンと、今の所1番人気の歌姫と言われる同じく負けず嫌いな私では当然なのかもしれない。
喧嘩をすることもしょっちゅうで、殴り合いになりかけて二人でメイコお姉ちゃんに叱られたこともあるくらい。

『年上なんだからもっと優しくしなさい』

わかってる。私だってできるもんならそうしたい。

でも、だってしょうがないじゃない!メイコお姉ちゃんにもルカお姉ちゃんにもそんなことしないくせに一々私にはつっかかってくるあの子が悪いんだから!


そうよ。


・・・今日だって、そうだったんだもん!




約束をしていた。
リンと私で買い物にでも行こうかって。いつものこと。私たちは仲は悪いけど、よく一緒に遊びに行ったりは・・・不本意ながら、していた。
だってメイコお姉ちゃんはルカお姉ちゃんの恋人だからなんか悪いし、だからルカお姉ちゃんも駄目でしょ?カイトお兄ちゃんとかレン君は・・・やっぱりこういうのは女同士がいいし。がくぽさんやぐみちゃんは・・・・・・まあなんとなく悪い気がするし。
すると消去法でリンを誘うしかなくなるじゃない。

それが当日になってマスターがいきなりレッスンすっぞー!とか言い出しちゃって、行けなくなった。
しかたない。マスター、一度決めたら人の言うことなんて聞かないし、買い物なんていつでも行けるし。
なのにリンときたら・・・本っ当に可愛くないったら!

『あっそ!勝手にすれば?別に買い物とかレンと行くし』


そんな言い方しなくたっていいじゃないの・・・・・・!!

なによレン君と行くとか言うならいっつも私と約束なんてしないで最初っからレン君と行けばいいじゃない!一生二人で仲良くいちゃいちゃしてればいいのよ!私は別にそれでも全然気になんてしないし買い物も一人で行くわよ!
だいたいリンっていっつもそう・・・つんけんした無愛想な態度なんて他の人の前では絶対しないくせに!猫被ってんじゃないわよもう!!
あー腹が立つったらリンの馬鹿馬鹿馬鹿!!我が儘!意地っ張り!実は怖がりで淋しがり屋のくせに!・・・そこはちょっと可愛くなくもなかったりするけど。って今のなしなしなし!!
可愛いなんてリンに1番似合わない言葉だわ。ちょっとちっちゃくて眼がくりくりしてて無邪気っぽい笑顔でパタパタ走る所とかなんか仔犬みたいだからって!

・・・・・・私にはそんな顔してくんないくせに・・・。



「・・・ク、ミク!」

「っ?!はい!」

いつの間にか歌は終わっていたらしい。マスターの声にも気付かなかったみたいだ。

・・・私、なにやってんだろ。

「お疲れ。今日はもう帰っていいぞ」

「え、あ、はい」

珍しい・・・マスターが早めに予定を切り上げるなんて。

「雨降って地固まるって言葉が世の中にはあるんだよな」

「へ」

「早く帰ってみれば、いいことがあるかもしんねえよ?」

「はあ」

お言葉には甘えさせてもらうけど・・・マスターは何を言ってるんだろう。






***






家に帰るのは少し憂鬱だったけど、今町に行ってリンとレン君に会うのが嫌だったので私は重たい足を引きずりながら家へ歩いた。


「・・・ただいま」


リビングに入る。そのままそこにあるソファーにダイブしよう。


「おかえり」


え。


私が飛び込むはずのソファーに座っていたのは、今ここにいないはずの人だった。

え、なんで、だって・・・あれ、どうしたらいいんだろう?


「ど、どうしたのリン・・・買い物は」

混乱で荒れ狂う内面を必死に押し隠して、隠したつもりで、私は言った。

もしかして。

「・・・別に。気分乗んなかったから」

・・・もしかして。


「欲しい服、あったんじゃなかったの?」

それはこの前私が出かけようと誘った時に承諾したリンが言っていたことだった。
リンはう゛、と気まずそうに唸りながら私から目をそらす。その先には、普段リンが出かけるときにもっていくバックがある。なぜだか私と買い物に行く時しか使わない、オレンジ色の可愛い・・・リンが何かの拍子に、お気に入りなんだと言っていたものだ。

「・・・・・・いや、うんと・・・ね?あー・・・べ、べつに」


ねえ、リン。
もしかして、待っててくれたの?



体中の力が抜けていくような気がした。なぜだかよかったという言葉が頭を支配してぐらぐらしたので、しかたなくリンの隣に崩れ落ちるように座った。

「・・・リン」

「な、なによ」

「私思ったより早くレッスン終わったからこれから出かけようと思うんだけど、来る?」

「行く!・・・・・・あ、えと、欲しい――リ、リボンが、ある・・・から」

「うん」



沸き上がる笑いをかみ殺しながら私は外出の準備をしに急いで部屋へ駆け込んだ。
隣の部屋からはリンの慌てたような声が聞こえる。

「リン、着替えてるのー?その服部屋着じゃないでしょ?」

「い、いや、もっと可愛いのに・・・じゃなくて!何でもないっ!別にいいでしょ!?」

いいけどね。
今はなんだか気分がいいから、憎まれ口も気にならない。


慌ただしいリンの声が、なんとなくくすぐったかった。









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