文1
□仲良くしましょう
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「君は実に馬鹿だなぁ」
それが彼女――重音テトの口癖だ。
心底人を見下したような瞳で言い放たれるその言葉に、リンはいつも腹を立ててしまう。
「ばかじゃないよ!ばかって言う方がばかなんだもんばかばかばーかテトちゃんのばーか」
べーっと舌を出して背の高い彼女を睨み付けるリンの心はしかし、怒りよりはむしろ悲しみに染まっている。
本当はテトと仲良くしたかった。リンはテトが自分や他のボーカロイドたちと今のように喧嘩した後にこっそり悲しげな顔をしているのを知っていたし、なによりも一度彼女の笑顔が見てみたかったからだ。
「どうして」
口からこぼれたそれには、ムキになる自分への不甲斐なさとリンを見下す視線への戸惑いがにじむ。
嫌われてるんだろうな、と思う。話もしたくないんだろうということも、わかる。
でも。
ぐっと手に力を込めた。
リンが仲良くしたいと思うのはリンの勝手だ。
それに、気にされたくないならあんな顔しなきゃいいのだ。
「うーっし!」
気合いを入れる。進みたい道が見えたら、あとはただ走り出せばいいのだ。
リンは早速行動を始めた。
***
「・・・で、なんであたしんとこに来んだよお前は」
仲良くなるためにまずしなければならないことは何だろう。そう考えたリンは情報収集をすることにしたのだった。
「だってマスターはマスターじゃん!テトちゃんインストールしたのもマスターじゃん!だからテトちゃんのこと、あたしよりも知ってるでしょ?」
「おー、リンにしちゃ考えたわけか」
頑張るねぇ、とマスターと呼ばれた黒髪の女はリンの頭をぐしゃりと撫でた。
滅多にしない実体化までして自分の元に来た少女を讃えるように、やさしく。
「・・・あいつはなー、ちと複雑なんだよ」
「ふくざつ?」
「そ。複雑。説明は面倒だから省く」
「省くなーっ!!」
リンは必死に抗議の声をあげる。しかしマスターはうるさそうに手でリンをさえぎるだけでそれを聞く気はないようだ。
「仲良くなって本人から聞く方がいいだろ」
正論だ。リンは黙るしかなかった。
「うーっ・・・」
目に涙をためて、それでも精一杯マスターを見つめる。だって手ぶらでなんか帰れない。リンは自分がどうしてもテトと仲良くしたいと思っていることを改めて自覚した。なぜだかはわからない。ただひたすら、テトと話したいと思った。
「あー、泣くな泣くな。何も教えないとは言ってねぇだろ。頑張るリンにヒントを一つやろう」
ヒント?!とリンが顔を輝かせると、マスターは人差し指を立てて得意げに言った。
「あいつはな、ツンデレなんだよ」
「・・・・・・めー姉?」
「あー、似たようなもんだな。あいつよりもツンを増やした感じがテトだ」
「ってことはテトちゃん、リンたちのこと好きなの?」
「好きっつーか・・・悪くは思ってねぇのは確かだけどよ」
***
「テトちゃーーーーんっ」
「?!」
背中に物凄い勢いでつっこんできた物体に、テトは振り向く間もなくそれと一緒に床に倒れ込んだ。
「な、ななな、」
何事かと咄嗟に閉じた目を開けると、ひょこんとゆれる白いリボンと黄色が目に飛び込んでくる。
「・・・鏡音リン・・・君、こんなことして一体何のつもりだね?」
テトはいつもならリンが畏縮してしまうような冷たい声、冷たい視線を向ける。
「あっはははー」
だがリンにはもうそれは効かない。そんなものは笑い飛ばしてやろうと、彼女はもう決めたのだ。
「な、何を笑っているんだね君は」
「テトちゃん髪乱れまくりっ!なんか可愛いー」
「な・・・・・・?!」
サッとテトの顔が赤に染まる。可愛いと褒められた時の対処の仕方を知らないのだろうか、テトはしばらく口を金魚のようにぱくぱくさせながら目を泳がせていた。そんな様子を、なんか勿体ないなとリンは思う。ここで一発はにかんでみたりしたらもっといいのに。流石に口には出さなかったが、そんな表情もいつかは見たいな、と願い事をまたひとつ増やした。
「き、君のせいだよっ!あやまりたまえ!誠意の篭った謝罪を請求するっ」
「え、うん。ごめんね?」
「が・・・っ?!」
どうやらリンが謝らないと踏んでいつもの喧嘩に持ち込もうとしたらしいテトは素直に謝ったリンを宇宙人でも見るような目で見つめることしかできなかった。
「あはっテトちゃん変なのー。なに『がっ?!』て」
「う、うるさいっ!」
「まーた怒るー。かりゅーむ足りてないよテトちゃん」
「カルシウムだ!まったく君は実に馬鹿だなあ!」
いつものその言葉にも、もう腹は立たなかった。
「うん、とりあえずさ」
ぱっと立ち上がるとリンはいちばんの笑顔をうかべて言った。
「崩れちゃった髪、直すからさ、家においでよ」
手を差し出すだけではきっとまだ足りないから、少し強引だけど手をとって引っ張るように歩き出す。振りほどこうと思えば振りほどけるはずだし、いいよね?と誰にともなしに言い訳しながら。
一方通行は嫌。ちゃんとテトちゃんも嬉しくて楽しくなきゃ意味ないから。
後ろでぶつぶつと悪態をつくテトの手をひきながら、リンはそっと微笑んだ。
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