文2

雨宿り
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「……ごめん、憂。」


家を出てくる時に天気予報で「夜から雨が降る」とは聞いていたが、まさかこんな早くにどしゃ降りになるとは思っていなかった。
そんな日に限って折り畳み傘もギターに被せるビニールも持っていないとは……部活を1日サボっただけの代償にしては酷すぎないか、と梓は愚痴りたくなるのを抑えつつ隣に立っている憂に謝罪した。

雨宿りしている古びた商店の軒下も、少女2人とギター1つが入るには狭すぎる。憂の気遣いで濡れないようにと真ん中に置いたギターのせいで2人の肩はうっすらと濡れていた。


「ううん。私が誘っちゃったから帰るのが遅くなってんだし……。私の方こそ、ごめんね?」

「憂は悪くないってば。走ろって言ったのは私だし……。」
もう何度も繰り返したやり取りに2人は思わず苦笑した。


「雨、止まないね……。」
商店は定休日なのか、戸を閉ざしている。ひどい夕立故に通りを行く人の姿もない。憂は空を見上げてため息まじりに呟いた。
梓は「うん……」とだけ返して、厚い雲に覆われた空をじっと見た。








部室に行こうと支度をしていると、珍しく憂が「お願い」をしてきた。

「……買い物?」

「うん。今日ね、バターが特売なんだけど1人1点しか買えなくて……。……でも、梓ちゃんも部活あるよね、やっぱり。」
困ったように微笑みながら自己完結しようとするのを遮るように梓は二つ返事で了承した。

「いいよ。……たまには、部活休んでも大丈夫だと思うし。……たぶん、お茶してるだけだし。」
一応、先輩に連絡しとく、と言ってから携帯を取り出して憂の姉、唯に電話をした。


正直、嬉しくて仕方なかった。なんでも1人で背負いこもうとしがちな憂が頼ってきてくれたのだ、大好きな姉よりも先に。つい緩みそうになる頬を意識しながら電話の向こうの唯に今日は帰ると連絡した。




バターを2つ買って、時間があったから本屋に寄った。それがいけなかったのか、本屋を出ると雨がしとしとと降っていた。
そして梓は提案した。走ればまだ大丈夫かも、と。


商店街のアーケードを抜けた辺りで雨はいよいよ激しさを増してきた。商店街を抜ければ店もまばらになる為、やっとの思いで見つけた雨宿り場所も古びた小さな商店。この際、文句を言ってる暇はないと……今に至る。



「止まないね。」
今度は梓が言うと憂は何も答えない。
やはり怒ってるのでは……と心配になり、梓は憂の表情を確認した。

気のせいか、その横顔はなんだか嬉しそうに見える。

「憂、雨好きなの?」
不意の質問に憂は視線を梓に移して首を傾げる。


「なんか……嬉しそう。」
雨にまで嫉妬しているのか、少しだけ膨れっ面になりながら呟くと、憂はきょとんとした表情から梓の好きな笑顔になった。


「こうして梓ちゃんと2人きりになれるなら大好きだよ。」

じわじわと込み上げてくる羞恥心で頬が熱くなる。


「……そういうの、反則だと思うけど。」
小さく、小さく呟いた声は雨音に掻き消されて憂には届かない。

依然として笑顔のままの憂を見上げてから大きく息を吸い込む。

「憂がそういうなら、私も好きになれるかも……雨。」
顔を真っ赤にしながらの三度目の呟きは憂にしっかり届いたようで、彼女は少し驚いた顔で梓を見た。
まじまじと見つめるその視線が恥ずかしくて、梓は大きく伸びをした。

「ほらっ!だいぶ小降りになってきたよ。……帰ろっか?」
こんな咄嗟に慌てるような言い方をする時はその胸中もバレてるんじゃないかと思うが、憂は何も言わずに微笑んでから頷いた。



遠くの空には雲の間から青空が覗いていた。

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