文1

押してダメなら
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押してダメなら引いてみろという言葉がこの世にはあるけど、よくそんな器用なことができるものだと思う。

私には、到底無理なことだ。

「離しなさいルカー!」

私の腕の中でもがくメイコさんの頭に頬ずりをする。

「いーやーでーすー」

だってこんな可愛いひと、放っておくなんてとんでもないもの。

「嫌です、じゃないっつーの!」

「嫌なものは嫌です」

そう、頑として譲るものですか。
私はさらに腕に力を込める。

「あ、ああんたねえ!」

あ、額に青筋が。

「怒んないでくださいよ」

嘘。本当は全部怒らせたくてやっていること。
だって私に怒ってる間はメイコさんの頭の中は私でいっぱいのはずだから。
もっと怒らせたくて、メイコさんは笑ってた方が嬉しいですとその赤くなった耳元で囁く。

「やめなさいってこら・・・!」

硬直する身体に紅潮する顔。メイコさん、耳が弱いらしい。初めて知った情報が嬉しくて、もっともっと色んな愛の言葉を囁きたいと思う。

「好きです」

「う、ぐぅ」

「・・・もう少し女の子らしい声を所望します」

「出したくて出した声じゃないっ!」

声をリクエストしたことには怒らない事実に口元が綻んだ。
本人はそのことに気付いているだろうか。

「メイコさん・・・」

羞恥のためか潤んだ瞳。
見つめていると吸い込まれそうなほどに深いそれの引力に従順に、私はそっと顔を近づける。

あれ?もしかしたら、このまま・・・・・・。

みるみる近くなるふたりの距離。もう、触れそうなほどに近い。

刹那、メイコさんが視界から消えた。


「とりゃーー!!」



「ふぉ!」

顎に強い衝撃。思わず力がゆるんだ腕からぬくもりがすり抜けていく。
頭突きされたことを認識するまでに数秒を要した。


「ととと年上をおちょくんじゃないわよバカルカーー!!」


乱暴に部屋のドアを開きどたどたと廊下を走る音が遠ざかる。

・・・ちえ。逃げられた。

顎をさすって痛みがひくのを待つ。手加減はしてくれたようだが、顎は急所なだけに結構ダメージが大きい。

すると、なんだろう。

どたどたとまた近づく足音。

あら?と思っている間に音は部屋の前で止まる。
顎を押さえて見上げると、まだ顔の赤いメイコさんがそこにいた。

メイコさんは小走りで私から1メートルほどの距離から何かをすべらせた。

「・・・?」

それはタオルで巻かれた氷枕だった。

「ごめん!でも昼間っから人を襲ったあんたも悪い!」

メイコさんはそれだけ言うと今度は小走りで部屋から出て行った。

冷やせ、ということだろうから私はその氷枕を顎にあてがう。ひんやりとしていて気持ちが良かった。

『昼間っから人を襲ったあんたも悪い!』


夜なら、いいのかしら。


言葉の綾かもしれない。
深い意味はないのかもしれない。


でも。


押してダメなら、押し倒せばいいじゃない。

私には、やっぱりそっちの方が性に合うとなんとなく思った。

私は開け放たれた扉を見て、そっと笑みをこぼす。


とりあえず今夜また同じことをやってみましょうか。
今度はまた違った反応が返ってくるかもしれないから。







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