文1

恋の駆け引き
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隣を歩く小さな想い人にそっと手を差し出す。
少女は大きな碧の瞳をさらに大きくして差し出された手を凝視したが、まだ不服だと言うように私を見上げる。

「お手をどうぞ、姫」

だからおどけてそんなことを言ってみる。予想した通りこの言葉が欲しかったようだ。

「しかたないから繋いであげる」

そう言って満足気にそっと華奢な指を絡めてくれたその横顔があまりにもわかりやすく嬉しそうで思わず笑みがこぼれる。

「光栄よ、リン」

私と街を歩くリンは頭のてっぺんから爪先まで気合いがはいった格好をしていて、その一生懸命さがとても愛おしい。
背筋を伸ばして少し踵の高い靴を履いて、本当に今日のきみはどこからどう見ても正真正銘本物のお姫様のよう。

・・・これはさすがに欲目が入ってるかしら。

自分に苦笑して、視線をリンにやる。そわそわしているしそろそろかな、と思って。

「・・・ね、メイコ」

ほら。
私の名前を呼び捨てにしたいという願望がこの子にあることを私は知ってる。
それが早く私に追い付きたいという強い望みから来てることも、今どれだけ勇気を振り絞ったかってことも。
でも、だからこそ。

「こら。お姉さんを付けなさい」

私は咎めるように言い放つ。
途端にその顔が曇った。
当然だろう。頑張って頑張ってやっと言えたなんてことは手から伝わる緊張や落胆の大きさからも痛いくらいにわかる。

「・・・なによ。別にあたしたち血なんか繋がってないじゃない!ちょっと年上だからって・・・メイコはずるい」

うん。私はずるいわね。

それは私が1番よく知っている事実。
私は、ずるい。だからリンの悲しみに気付かないふりをしてさらに注意を重ねる。

「メイコ姉よ、リン」

「・・・・・・メイコ姉」

泣きそうな俯き顔にそっと謝る。

ごめんね。
でもこればっかりはだめ。恋人になるまで私たちは家族なんだもの。
そのけじめは、つけなくてはならないの。
例えお互いの気持ちがわかっているとしても、私たちの間には越えなければならない壁があるから。

その壁を壊すことは私にはあまりにも容易なことだ。だけど私はあえてそれはしない。

ひどい大人ね、本当に。

けれど私は決めている。
告白はリンからしてくるのを待つ、ということ。

理由のひとつは、見極めたいから。
淡い憧れだけでやっていけるほど恋人という関係は甘くはない。
リンに、そこまでの想いが本当にあるかまでは私はわからないのだ。
プライドの高いリンがそれをかなぐり捨ててこの壁を乗り越えるくらいに私を想わなくてはその先にあるものになど到底辿り着けない。

まあ逃がすつもりもさらさらないのだけれど。

ゆっくりでいい。ゆっくりとその胸に気持ちを育ててもっと私に溺れればいい。

ねえリン。


私はまだふくれてい少女を盗み見る。

早く壁を壊してらっしゃいな。

その変わりに私はこの子を目一杯甘やかす。
我が儘なんていくらでも聞いてあげよう。

気付いてるわよね、リン。家族内で私が甘やかすなんてあなただけなんだってこと。

いつか勇気を出してくれるわね。
そして私の胸に飛び込んできてくれるわよね?

だってあんたはこれだけ私に愛されてるんだもの。

「あ、」

すぐ近くを自転車が通る。
リンの肩をそっと抱き寄せた。

「え?!な、なに」

慌てて真っ赤になるこの子を心底好きだと想う。

溺れてるのは、きっと私の方。

「轢かれちゃうとこだったのよ。危ないわね」

「そ、そう・・・―――ね、メイコ姉」

「ん?」

名前を呼ばれて見ると吸い込まれそうな深い、真摯な眼にとらわれた。

「あたし、ね」

私は黙って次の言葉を待つ。リンのうるんでなにか恐怖に怯えるような目。そらさない。いや、そらせない。
どれくらいの時間が流れただろう。リンは散々躊躇したあと、不意に瞳が揺れた。

「・・・・・・・・・あ、あたし甘いものが食べたくなっちゃった」

瞬間、そらされた瞳。私はわらう。
残念よりは安堵の方が強いのは私も壁の崩壊を恐れているためか。


でも、焦がれるときはもうすぐそこ。


私はそっとリンの体を離し手を繋ぎ直す。

「じゃあ、材料買って帰りましょうか」

「・・・うん」

少し頑張ったご褒美にとびっきりのを作ってあげよう。
世界で私だけの、お姫様のために。












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