文1

真っさらな君と。
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日が少し傾いてきて、そろそろ夕方になろうとしていた頃。
散歩から帰ったあたしは違和感を覚えて辺りを見回した。
いつも真っ先にかけてきておかえりを言ってくれる子がいない。

「めーちゃんめーちゃん!」

「あらリンお帰り。どうしたの?」

「ルカちゃんは?」

そう聞いたあたしにめーちゃんはばつの悪そうな顔をした。

「そのことなんだけど」

「・・・また?」

「ええ、また」

はあ、とあたしとめーちゃんは同時にはため息をつく。


普通はルカちゃんくらいの大人が家にいないなんてたいした問題にはならないだろうがうちの場合は違う。

なぜかというと、我が家のルカちゃんがなんというか少し変わっているからだ。

ではどこが変っているのか。
見た目は普通。
といってもかなりの美人で羨ましいくらいに大人の女性だけど、巡音ルカという大量生産された個体としてはある一部を除いて変りはない。

ならどこが?というと、それは精神的な部分の問題。

言ってしまおう。
精神的な年齢がものすごく低いのだ。まるで三歳とか四歳の子供みたいに。
子供といってもぎゃんぎゃんうるさいようなタイプじゃない。
無垢。そんな言葉がぴったりな真っさらで、通常の巡音ルカよりも色素が薄い綺麗な瞳が印象的な、心配になるくらい物静かで頑固な好奇心が強い子だ。

たぶんどこかでバグが発生して色んなものが抜け落ちてしまったんだろうとマスターは言う。
・・・あたしはバグって言い方はあんまり好きじゃないけど。
まあルカちゃんは気にしてないみたいだからそれは横に置いておこう。

話を戻す。
そんなあの子は人見知りが激しくて、家にいないことがすごく稀なのだ。

ルカちゃんが出かける理由はだいたい二つに決まっている。

ひとつは誰かに付き合って買い物に行くこと。
今日は買い物当番のミクちゃんが午前中に行ってしまっているからこれはない。
だからルカちゃんがここにいない理由はひとつしかないことになる。

「で、今日は何が原因?」

「・・・マスターの晩酌のつまみのマグロをルカが食べちゃったのよ」

もうひとつの理由。それはマスターとの喧嘩による家出。

しかも毎回毎回子供の喧嘩ばりのくだらない原因で。
折れろよどっちか、という家族共通の思いを余所に飽きもせずに月一でそれはおきる。

で、その家出したルカちゃんはどうするのかというと、捜して回収するのがあたしの役目だったりする。

「悪いわねいつもいつも」

「いいよ。行ってくる」

あたしは踵をかえして再び外へ出た。

その足どりは先程のため息を感じさせないくらいに、実は軽い。

「さて、と」

あたりを見渡した。
日はまだ黄色と橙色の中間くらいだから、暗くなるまでまだ時間はあるな。

「・・・んー。こっち、かな」

なんとなく、でルカちゃんのいる方向にあたりを付けて歩くのがいつもの決まりごと。

なぜかあの大きな家出少女を捜すときだけ、あたしの勘はとてもよく当たるのだ。


(次は、左)

勘の告げるままに西日に照らされながら街を歩く。この道をきっとしょんぼり肩を落としながら歩いたんだろうなーと考えながら。

(この角を・・・右かな)

ああ、この先は海だ。たぶんそこで夕日でも眺めているんだろう。
淋しがってるだろうな。
あたしが行ったら、笑ってくれるかな。
それともまだ怒ってる?

あたしは歩みを速める。
堤防を登ると、陽を映してきらきらと光る水面が視界に広がる。


(見つけた)


少し離れた所に腰掛けるピンク色。
駆け寄って、隣に立った。

「迎えにきたよ。かえろ」

ルカちゃんはこっちを見ずに俯いた。
髪に夕日が反射して、いつもピンクのそれが鮮やかなオレンジ色に見える。
ちょっとおそろいだな、と思うと嬉しくなった。

「・・・マスター」

しばらくの沈黙のあと、ルカちゃんがぽつりと呟いた。

「大丈夫だよ。マスターもう怒ってないよ」

「・・・・・・でも」

「マスター、こわい?」

今はオレンジの髪が縦にゆれた。

「あたしもルカちゃんと謝るよ。だから大丈夫だよ」

ルカちゃんはまた俯いた。
マスターは怒るとこわい。無表情なルカちゃんも実は怒ってるときは相当こわいけど、本人に自覚はないようで喧嘩のあとはお互いがお互いに怯えてる状態が長く続くことがたまにあった。家族はほほえましい思いでそれを見ている。

「ルカちゃんはどうしてマグロ食べちゃったの?」

「・・・おいしそうだった」

あたしは諭すように人差し指をたてる。

「おいしそうだったら誰かのものを食べてもいいの?」

「・・・・・・だめ」

しゅん、として答えるルカちゃん。かわいそうになったので頭を撫でると少し嬉しそうに目を細めた。

「じゃあ謝らないと」

だからほら立って、とルカちゃんの手を引く。
でもその体はまだ動かない。
覗き込むと釈然としないような顔つきで見られてどうしたの、とまた聞いてみる。
するとルカちゃんはあたしの手を振り払って体育座りをして口を尖らせた。


「・・・マスター、ワタシのマグロ、食べた」

「え?いつ」

「・・・昨日」

あれれ。マスター大人げない。まあいつものことだけど。

「それはマスター、めっだね」

「・・・め」

憤ったように宙にグーの手を振りかざす。

「でもやり返したルカちゃんも、め」

「・・・め」

今度は声のトーンを落として自分の頭にこつんと拳をあてた。

うん、ルカちゃんはいい子だ。あたしはゆるみそうな口を引き締めてだからね、とお姉さんっぽい声を意識して言った。

「だからね、どっちも悪いから、二人でごめんなさいしないといけないでしょ?」

色素の薄い瞳を見つめる。こくり、と首を縦に降ってルカちゃんはあたしを見返した。

「勇気が出ないなら、ずっとあたしが手を繋いでるよ。だから、あたしと帰ろう」

握った手は、今度は振りほどかれなかった。


「・・・リン」

立ち上がったルカちゃんは、噛み締めるように大切そうに呟いた。

「大丈夫、離さないよ」

ぎゅーっと手を握りあって、あたしたちは家路についた。

夕日はもう赤くなって、あと少しで沈んでしまいそうだ。

そんな中をルカちゃんと歩けるのは、いつもあたしだけ。
ルカちゃんを捜せるのも、ルカちゃんを諭せるのも、あたしだけの特権。

「・・・・・・リン」

「なあに」

「Thank you very much」

「・・・うん」

へへへ、とはにかみながら繋いだ手を大きく振り、来たときよりもずっとゆったりした歩調であたしたちは歩く。

めーちゃんやほかの家族の前ではまた喧嘩かーとぼやくけど、この時間があるからあたしは実はルカちゃんとマスターのいざこざを割と待ち望みにしてる。
本気で怒ったり落ち込んだりしてるふたりには申し訳ないけどね。

心の隅にある小さな想い。

それはこの優しい時間といっしょに胸に秘めた、あたしだけの大切な秘密。










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