文1
□きみの甘さに溺れ死に
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私には悩み事がひとつある。
「ルカ、ちょっと」
「?どうしましたメイコ」
リビングのソファの上から手招きをするとルカは無表情な顔を少しだけ緩めてこちらへ近寄ってくる。
「そーれいっ」
手が届くまで近寄って来た獲物の手首をつかんで強く引き寄せる。比較的非力な部類に入る彼女は簡単にあたしの上に倒れ込んだ。逃がさないように手首を掴んでいない方の手をルカの背中に回し、がっちりと体を固定する。
「?!・・・、メ、メイコ」
「ふふふふ・・・まだまだだわルカ。修業不足よ」
「意味がわかりません・・・!ここはリビングです、誰か来る可能性だってあります」
冗談に真面目にツッコミを入れるルカ。真っ赤で、困り顔で、ああかわいい。堪らなくかわいい。
無口無表情が特徴でどんなときも動じない氷の女王と皆に知られているあのルカがあたしがこうした時だけはくるくると表情を変えてうろたえて恥じらってって・・・正直たまりませんっていうか、恋人冥利に尽きるわよね。
「どうしようかしらねー」
「っ!どこを触っているのです、ちょ・・・メイコ!」
抵抗して見をよじったって無駄無駄。力の差はあまりにも歴然なんだから。
「必死の顔もいいわね」
耳元で囁くと涙目で恨めしそうに睨まれてしまった。
「こわい顔」
ニヤつくのを自覚しながらもからかいの言葉を投げかけると、もうどうしていいかわからないらしくうう、と呻いた後はもう抵抗しなくなってしまった。
「怒った?」
「・・・どうでしょうね」
完全に怒ってる。
そこであたしはやっと我にかえるのだ。
・・・やっちゃったよ・・・。
そう、これがあたしの悩み事。なんかルカをいじりたくなって、いつの間にかいじわるを言いだして、ルカを怒らせてしまうこと。
ひどい時には泣かせてしまったりして、ぱっと我にかえると罪悪感を覚えてそれの繰り返し。
必死こいて謝ると許してもらえるけど、それに甘えて最近のあたしはすっかり歯止めが効かなくなっている気がする。
「・・・ルカさーん」
例によってやってしまったあたしは、なるべく優しい声でその名前をよぶ。
呼び捨てにする勇気がなんとなくなくて、さん付け。
「・・・・・・」
返事はない。今度はルカを抱きしめた腕をゆるめて背中をそっとなでてみる。
「・・・ルカちゃーん」
「・・・・・・」
ノーリアクション。おーこわい。
背中をさする腕を桃色の頭にもっていき、そっと髪をすく。
えーっと、あと名前の呼び方って・・・ああ。
「ルカど」
「メイコ」
の、と言う前におっそろしい低音ヴォイスで名を呼ばれた。
恐る恐るルカの顔を覗き込む。
赤い目、てことはまた泣かせてしまったらしい。どっと後悔の波に襲われた。
その中にある一握りのぞくりとした快感も、感じてしまってはいたけれど。
「は、ハイなんでしょうルカ様」
「・・・・・・・・・」
たっぷり三十秒くらい睨みつけられた。氷の女王にふさわしい、そりゃーもう冷たい視線だった。
「・・・メイコ」
「う、うん」
「・・・名前を、」
「え?」
「ちゃんと、いつもの呼び方で名前を読んで下さい」
冷たい表情が拗ねた顔に変わった。
どっと緊張がとけた。
どうやら許してもらえたようだった。
「・・・ルカ」
「はい」
「ごめんなさい、調子に乗りすぎた」
「はい」
「ごめんね」
ぎゅっとそのまま抱きしめると、今度はルカも抱きかえしてくれた。
・・・たぶんきっとまたやっちゃうんだろうなぁとは思いつつも、あたしはもう泣かせまいと毎度毎度思うのだった。
言い訳させてもらえるなら、ルカの照れた顔とか怒った顔とか泣いた顔が見たくなってしまうから、これはもうルカを好きな限りなおるわけないじゃない、と言いたい。あくまでも言い訳でしかないから言わないけど。
・・・真面目な子は怒らすに限るとか言うじゃない?と前に冗談まじりに言ったら視線で冷凍ビームくらったし。
「しかたないです。メイコの意地の悪さは今に始まったことではありません」
最後にはそう言ってくれるけど。いつ嫌われるかもしれないことが、少しこわい。
「・・・ねえ」
「なんです」
「ルカって実はMっ気あったりは」
「しません」
また少し赤くなりながらぴゃりと否定されてしまった。
「残念」
「メイコ・・・貴女本当に反省してますか」
「反省してます」
最短で最善の解決策だと思ったんだけど。
ま、愛故の病だし愛でなんとか治せるわよね?
今度こそ、とつい二日前に誓った言葉をあたしは繰り返すのだった。
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