文1

見ざる聞かざる
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ぐがー、すかーとぬかしながら腹が立つほど気持ち良さそうに眠るバカを見下ろす。その長いアホ毛がついている頭がのっかっているのは、毛布越しの私の太ももの上だ。

・・・どうしてこうなった。

思わず誰にともなしに問い掛けてしまう。答える声は当然ない。ここは私の部屋のベットの上で相部屋の色魔も今は外出中、つまりこのアホ面で眠りこけるクロと私のふたりしかいないからだ。

だがあえてもう一度問おう。どうしてこうなった。

昼寝をしていて足にかかる重さに目を覚ました数秒後の光景がこれだ。勘弁してほしいんだけど。

「おいコラ、クロ」

試しにその弾力のある頬を乱暴につついてみる。歪んで変になった顔。だがクロが起きる気配はない。

「バカクロ」

今度は寝ているからか気持ち萎れている長いアホ毛をひっぱってみる。
ぐむむと謎のうめき声をあげたがそれでもこいつは起きやしない。
・・・熟睡かよ。
顔を覗き込んでみると本当に気持ち良さそうに寝ていてこれを起こそうとしてる私がなんか悪者みたいに思われた。

「・・・・・・」

いい加減当たってる体温が気持ち悪いんだけど。

おかしい。
勝手に入って来て勝手に寝てるこいつが悪いのになんで私がこんな思い悩まなくちゃいけないんだ。
そう考えるとなんだか無性にイライラする。
だいたいこのバカ無断で部屋に入るなとかどんだけ言ったらわかるんだ。

「おいこらクロ」

起こしてしばこう。そうしよう、と肩を揺さぶる。
ゆっさゆっさ、ゆっさゆっさとニ、三回そうするとさすがにこのバカもたまらないらしく、うーと眉間にしわをよせてなんか目を覚ましそうな気配。

「起きろバカクロ」

その一言が聞こえたのか、やっとバカがうっすらと瞼を上げた。

「起きたか」

「・・・、・・・?」

眼をしょぼつかせて何が起こっているのかわからないような顔。さっきの寝顔と対比してみて、不本意にも少しの罪悪感を感じた。

「クロ」

それを打ち消したくて意味もなく私がつけた相方のあだ名を呼ぶ。
声に反応してクロがこちらを向いた。呼んだはいいが、何を言えば?いつも通りにしばけばいい。なのにそれが一瞬わからなくて、タイミングを失った。
それで、なんだ。言うなれば隙が生じたというか、油断したというか。
だから。


「・・・・・・・・・あやなぁー・・・」


へにゃり、と。とろけるような笑顔。そんな、安心しきったような顔を見せられて、

「・・・・・・・・・っ、」

油断、したから。不意をうたれたから。だから、なんか、変に動揺してしまったのだ。
頭が熱いのとか、一瞬息が詰まった感覚とか、息が詰まったせいなのか動悸が激しいの、とか。

全部、油断したせいで。

「・・・・・・・・・」

そしてまた、静かになった部屋。さっきと違って沈黙に変にむずむずしてしまうのも、油断したせいか。

そうでもそうじゃなくても、面倒臭いからそういうことにする。

「ク、ロ」

返事はない。また寝てしまったのだろう。
なんとなくクロに視線をやりたくなくて、私は些か不自然な動作で横になる。
上擦った自分の声も、脳みそから消えないバカのしまりのない顔も、しらない。目を閉じて耳を塞いでしらないことにしようそうしよう。

だってこんなのおかしい。
変だ。うん、変だ。

あいつの頭は、まだ私の太ももの上だけど、今はとりあえずいいや。
ああそうだ風邪かもしれない。だからもう一眠りしようそうしよう。

眼が覚めたら今度こそしばきたおす。

だから今はそのアホ面さらしてそこで寝ててもいい。今だけな。あとで地獄がまってんだからな。

思った言葉が妙に言い訳くさいと感じたのも、ふりはらって固く目をつむる。


このよくわからんもやもやが起きるときまでになおっていることを切実に祈って私は眠りについた。









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