文1

言葉をください・後
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「ずるいよ、ミク姉」

そう言ってリンは俯いた。表情が見えなくなる。さっきまではいつもと同じ、不機嫌そうな顔でそっぽ向いてたのにどうしたんだろうと私は首を傾げた。

「・・・リン?」

変なの。そういえば今日のリンは、いつもよりも大人しかったな。
顔が赤いような気もしたし具合でも悪いのかと少し心配した。
そこまで問題ないみたいだったからそのままにしておいたけど、やっぱり風邪でもひいてたのかしら。

ああでも、今日おかしかったのは私も同じか。なんだか変に機嫌が良くて、自分でも驚くくらいにリンの言動に腹が立たなかった。

こんなこと今までにあったかな。なかったような気がする。
なにかしら。ただリンが待っててくれて・・・言葉にしにくいけど、何かに納得したのだ。
ああ、大丈夫なんだって。
何が?っていうのは私が聞きたい。ただ、安心したんだ。リンに。
そしたらリンの言動ひとつひとつが、なんでか穏やかに聞けるようになった。

姉の自覚でも目覚めたのかしらって思ったけど、どこか違うし。

わからないことだらけね。でも不思議と不快じゃなかった。
だからはしゃいじゃってリンに似合う服を見つけたから着てみて、なんて言ったりもした。

なんか私らしくないわね、とリンの試着中に苦笑いがこぼれた。
でも私が選んだ服がよく似合ってるリンを見たら嬉しくかったから、ああよかった。たまにはこういうのも悪くないわね。って今度は自然に笑えてそれがまた楽しくて。

だからその矢先に言い放たれた一言がよけいにわからない。

ずるいって、私が?
どうして。

「リン?」

もう一度私は俯く妹の名前を呼ぶ。
びくりとはねた肩をこっちもびっくりしながら見つめる。

すっとその顔が上がった。それを見て、今度は動揺した。

悲しそうな、諦めたような瞳がまっすぐに捕らえて身動きがとれなくなってしまったのだ。

「ミク姉の、ばか」

あ、涙声。
たぶん知らない人が聞いたら怒ってるだけに聞こえるだろうその微かに湿った震える声。でも、わかる。
リンの声は仕事のときも練習のときもたくさん聞いてきたから。

リンが、悲しんでる。


「あたしばっか、怒ったりさ、泣いたりとか、もうやだ。つかれた」

「・・・どういう意味?」

途切れ途切れにリンの口から滑り落ちる言葉たち。でも、言い返した通り。意味がわからない。

私が言うとリンは悔しそうに顔を歪めて、でも真っ直ぐに私を向いたまま逡巡するように間を置いた。

「リン、いつも言ってるでしょう。言いたいことがあるならはっきり言いなさい。黙っていたらわからないわ」

かっとリンの眼に怒りが灯ったのがわかった。
この表情は、よく知ってる。私と話すとよくするくせに、他の人には滅多に見せない顔。
なんで私にばかりそんなに反抗するのかっていつも私も腹を立ててた顔。

「・・・・・・言ってもいいわけ?」

「いいわよ。なんでそんなこと聞くの」

「・・・鈍感。いいよ、言う。その変わり言ってから無かったことにしたりとか、許さないからね」

言い方が妙にひっかかる。鈍感?鈍感ってどういう意味よ。そういえばさっきリン私にばかって言ったわよね。ばかって。
随分な口の聞き方じゃないのよ。
さっきまでの穏やかさはどこへやら、ふつふつといつもの怒りが湧いてくるのがわかった。
さっきまでの穏やかさはどこへ行った?という思考を蹴飛ばしてリンを睨む。人間本質はそう変われるものじゃないのね。

「いいわ。怖じ気づく前にさっさと言っちゃいなさいよ」

「言うっての!・・・言うんだからね!」

「威勢だけはいいじゃないの。足は震えてるみたいだけど」

「う、るさいばか!何もわかってないくせに上から目線やめてよ腹立つ!」

「あんたが何も言わないからわかんないんでしょ意気地無し!言いたいことあるんでしょ?言ってみなさいよ。私への日頃の鬱憤でもつきつけたいのならいくらでも聞いてあげるわよ」

「なっ・・・違うもんミク姉のばか!」

「じゃあ何?いい加減はっきりしなさいよ!」

すっかりいつもの喧嘩ノリになってしまった。
売り言葉に買い言葉なやりとり。ただいつもと違うのは、リンが眼に涙を浮かべていること。あ、まずいと頭が警鐘を鳴らしながらも口は動くのをやめない。

あ。
頬を伝う一筋を目で追う。それを皮切り溢れ出す水分たち。それらを吹き飛ばすように、リンは叫んだ。



「う、ぅ・・・ミク姉のばか!鈍感!大好きだってーのよそれくらい察してよ大ばか!」



負けじと私も叫び返す。

「はぁ?!もう一回言ってみなさいよばかはあんたで、しょ・・・・・・・・・?」

が、失速。
ん?あれ、なんかおかしいな。今聞き捨てならない罵倒文句に交じって何か別のものが聞こえたような。

「・・・え、リン何て言った?」

ギロリとさっきまでとは比べものにならないほど鋭く睨まれた。いや、そんな目されてもなんか聞き逃したような気がするんだってば。


「ばか。鈍感。大好きっつったのよ!」


前の二つをいやに強調して、リンは言った。
でも、今回は聞き逃さない。
ダイスキ?
噛み締めるように反芻した四文字。

「言っとくけど家族的な意味だったらわざわざ口に出したりしないからね」

早口でそれを付け加えるとリンはさっと試着室のカーテンを閉めてしまった。

「次、これ開けるまでに、かんがえといて」

「え、」

「あたしのこと、ミク姉がどう思ってるか。どうせ考えたことなんてないでしょ。だから今考えて」

それっきり声は聞こえなくなった。



え、

え、

え?



血が逆流する頭はうまくはたらかない。
えっとリンが私のこと大好きで。
好き。家族じゃない好きで、それは・・・友達としてでもなさそうで、敬愛とも違うっぽくて。
で何だっけ、私の気持ち?
リンをどう思うか。


私、私は。


生意気で、喧嘩ばっかりで、いつも私だけにつっかかるあの子が・・・と、そこまで考えて、私は驚く。



好き。



それ以外の言葉が浮かばない。
それくらいに、私はあの子が好きだった。
仲が悪くても、好きだった。
生意気でも、好きだった。
ばかとか強情っ張りとかたくさん思っても、いくらあの子に腹が立っても、あの子が嫌いだなんて思ったことが自分でもびっくりするくらいに、まるで無かったのだ。

そういえば、嫌いって言われたこともないな。
・・・なんだ。じゃあ私たち仲、別に悪くなかったんじゃない。

するりとずっと心につっかえてたものがひとつとれた気がする。

今日リンが待っててくれたってわかった時と、同じような安心感。ああ、あのとき私はリンの好意を感じてたのかもとぼんやりと思った。

なんだ私、リンが好きなんだわ。
それは当たり前のように私の真ん中にあったものだったらしい。考えてみると答えは簡単で近くにあった。考えてなかったから見えなかっただけ。
じゃあリンって本当に私のことよく見てたのね。
・・・好き、だから。よく見ててくれたのよね。

私は目の前で私たちを隔てる一枚の布を見つめる。


ねえ、リン。私あなたが好きだわ。でも、まだわからないことが多すぎてそれがどんな好きなのか、わからない。・・・実はあなたの好きの意味もまだ、確信がもてない。


さっきあなたが言ったみたいに私は鈍いのかもしれない。だから、その分よく考えなくちゃ。
それにね、私も問題があるかもしれないけど、あなたにもあるのよ。
リンは言葉足らず。
私が鈍いってわかるなら、もっと言葉を頂戴。

だから、あなたがそれを開けて出てきたらまずは喫茶店にでも行きましょう。

そこでもっとあなたの話を聞きたい。

そして、ちゃんとわかったら、私もあなたに言葉をあげるわ。あなかが本当に真剣みたいだから、私も精一杯向き合いたいのよ。


まずは、これをちゃんとあなたに伝えることから。




カーテンが揺れる。端にリンの小さな手がかかって、ゆっくりと開いていく。

私は深呼吸をして、しっかりリンを見据えた。

きっと大丈夫。そう念じて、私は口を開いた。





雨が降って、地が固まったら。
蒔かれた種が芽吹くでしょう。
芽が出て、
ふくらんで、
花が咲いたら。

さあ、実がなるのはもうすぐ。










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