文1

言葉をください・前
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最初におかしくなったのは、ミク姉にとってのあたしが少しだけ特別なんだって気付いたとき。
「仕事の鬼」なんて言われている上昇志向が強くて他者を寄せ付けないあのひとが、あたしにはやけに世話を焼くことを、認識してしまったその瞬間。

最初はただただ欝陶しかった口煩ささがあのひとなりの思いやりから来ることなだって知ってしまって、なんだろう、勘違いをしてしまったのだ。

本当、バカだ。
ミク姉自身が自覚してるかもあやしい「妹」に向けられる微量の、でも確かに感じた愛情が無性に嬉しかったあたしは、どういうわけかあのひとに・・・ミク姉に、恋してしまったのだ。






よくミク姉と来るお店の試着室に駆け込んだあたしは大きく息をはいて鏡に体を預けた。

今日は朝から喧嘩してしまって、なんとか謝ろうとして(謝れなかったけど)仲直りして、やっとこぎつけたデートなのに。デートっていうのはあたしが勝手に思ってるだけだけど。

なんか、うまくミク姉としゃべれない。
というのも今日のミク姉は、少し・・・いやとても変なのだ。

別に奇声を発するだとか奇怪な行動をとるとか、そういうわけじゃない。

ただ、優し過ぎる。今日のあのひとは。それはもう、気持ち悪いくらいに。
いつも怒るタイミングでしかたないわね、と笑うだけでも熱があるか確かめたかったくらいなのにミク姉は「あの服、リンに似合うんじゃない?」とか「あ、この映画面白そうね。この後見に行かない?」とかいったりするわけで、なにそれ。なにそれ。

そんなの、まるで本当のデートみたいじゃない・・・!!

今までだったら同じ店に入ったらハイ、別行動で買う物買ったらさっさと帰るわよという事務的なかんじだったのにこの変わりようは一体なんだっていうんだろう。
しかも恐ろしいことに提案している本人にはまったくそういう意識がないらしい。鈍感にもほどがある。


「リン、試着まだできてないの?」

心配そうな声が聞こえた。びくっと体がはねる。

「も、もう少し!」

「そう?せっかくだから着たら見せてよね」

「えぇ?!」

思わず大きな声が出てしまう。

「なに、嫌なの?」

「い、嫌ってわけじゃ・・・」

「じゃ、早くね」

「う、うん」

ばくばくと心臓が鳴る。ミク姉の変さ加減に比例してあたしもおかしい。いつもだったらうるさいなわかったわよ!くらいは勢いで言ってしまって死ぬほど後悔するとこ、なんだよ?

とにかく大急ぎで着替える。ああもうこんなことならもっと可愛い服選んどくんだった!

「えと」

恐る恐るカーテンを開ける。え、こういう時ってなんて言ったらいいの?
よろしくお願いします?いや違う。なにを頼んでるんだよそれは!

「・・・・・・ど、どんなもん、でしょう」

結局そんな言葉しか出ないのが悔しい。
はっ。ていうかどんなもんもこんなもんもあたしそれでどんな一言がかえってくるの期待してんの?!
嫌になる。
目の前にいるのはミク姉を慕う、あたしと違って仕事は下手だけど素直でかわいい後輩がどんなにおしゃれしてして先輩どうですか?と聞いても「なにが?」だの「動きづらくないの?仕事しにきてるのよ私達」だなんて台詞を投げ付ける朴念仁なのに。

「べ、べつにミク姉の感想なんてどうでもいいんだけど・・・」

尻窄まりでごにょごにょと蚊の鳴くような声でつけ加えたけどミク姉には聞こえなかったらしい。

難しい顔。ああやめて言われなくてもわかってるってこんなこと聞いたって無駄だし第一似合わないとか言われたらどうしようあたしのばか、

「いいんじゃない?」

ほら見なさいばかあたしのばーか!って・・・

「え?」

「可愛いんじゃないかと思うけど」

しゃっとカーテンを閉めて、また開けてみる。
景色は変わらない。

「なにやってるのリン。それよりも、はい」

呆然とするあたしに一着の服が渡される。

「な、にこれ」

「あっちで見つけたの。リンに似合いそうかなって。来てみてよ」

「え、あ、うん」

再びカーテンを閉める。

な、なんだこれぇええ?!甘い。今までのほろ苦さを考えるとこれは致死量の甘さだ。
だって、え?
あたしが抱える服は可愛い系でなんかフリフリしてて正直趣味じゃない、けど。
似合いそうかなって。似合いそうかなって。似合いそうかなって・・・エコーがかかって脳内に響き渡る声に全身が痺れて緊張してどうしよう、どうしよう!

少なくともミク姉はこんなかわいらしい服があたしに似合うと思ってくれてると解釈しちゃってもいいんですか?

やばいって幸せで死にそうなんですけど!

と、とにかく着なくちゃ。
震える手で袖を通す。に、似合わなかったらどうしよう。失望されたらどうしよう。大丈夫かな。変じゃないかな。

鏡で確認する。
・・・似合ってなくは、ない?と思う。

心音はばくばくからばっくんばっくんに変わりつつある。こいつそろそろ壊れるんじゃないかな。

覚悟きめろ。
そう唱えてカーテンを開けた。

「・・・着た、けど」

顔は熱いし多分汗かいてるし恥ずかしいしそんな自分は情けないしでかなりばつの悪い気持ちが強くて、その分咽から出る声はそっけなくなる。

「あら」

ミク姉は今どんな顔してる?こわくて見れないどうしよう、どうしよう。
次の一言までが永遠よりも遠い。


「思った通り、似合うじゃない」



――全身から緊張が抜ける。


嬉しそうな声。
あたしが嬉しいからそう聞こえてるだけ?
わかんないや。

・・・あれ。あれ?なんか、やだなあ。つかれた。

この一言が聞きたくて、緊張して、ばかみたいに。
ばかみたい、じゃなくてばかだよね。本物の。

ピークだった緊張がいきなりとけたからか、よくわからない不満とか泣きたいのとかがふつふつと湧いてきて、渦巻いて溢れかえる。

ミク姉のせいだよ。ミク姉のばか。あたしばっかドキドキして、なんであたしばっかり。元はと言えばミク姉が思わせぶりな態度とるからあたし勘違いして・・・今だって、そう。優しいミク姉は嬉しいけど、幸せだけど、肝心なものがないから。1番欲しいものはくれないから、線一本足りなくて、辛いになる。

なんで、あたしばっかり。

そんな気持ちにすっぽりと包まれて、口からするりと気持ちが抜け出した。


「・・・・・・ミク姉、ずるいよ」









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