短編

□狐の嫁入り
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二人分の足音が長家の廊下をきしきしと鳴らす。


「今日も良い天気だねー。」

「そうも言ってられなさそうだぞ、雷蔵。」

「え?なんでさ?」

雷蔵と呼ばれた彼が横に並ぶ自分と瓜二つの顔を見て首を傾げる。
見つめられた彼は得意気に指を一本立ててみせ、その様はどこぞの四年生を彷彿とさせたが鼻にかけた自慢話をするわけでもなく、ただ自分の見解をさらりと述べる。

「空気が変わった、それと、雷蔵の髪が湿気で膨らみ始めてる。」

「え!?何だよそれ!?」

「いや、これがけっこう当たるんだよ。何より決定的なのが、アレ。」

不名誉な天気予報を不服に思いながらもアレと指さされた方角へ目を向ければそこには見知った顔がちらほら。

「乱太郎に伏木蔵に左近じゃないか。保健委員がどうかしたの?」

「そう、保健委員が洗濯物を干してる。つまり、不運な彼らに待ち受けてる運命といえば?」

「…ちょっと、失礼にも程があるよ三郎。」

この友人の言わんとしていることに感づき思わず眉根を寄せる。それと悲鳴が聞こえたのは奇しくも同時であったのだが。


「うわー!雨です先輩!」

「さっきまであんなに晴れてたのにどういうことだよ!」


不運の運命からは逃れられないのか、わたわたと慌てふためく彼らと真白いシーツに雨粒が容赦なく降りかかる。


「あれ…冗談だったのに。」

「そうも言ってられない、手伝うぞ!」

「ああ!」



颯爽と駆け寄り助太刀すれば、保健委員の面々はまるで天の助けとばかりに二人に感謝する。


「すみません先輩方!助かります!」

「この場にかの委員長がいなくて良かったな、いたらきっともっと大降りの雨だぞ。」

「こら三郎!冗談言ってないで手動かせ!」

「あー!!伊作先輩と数馬先輩は向こうで布団干してくれてたんだった!」

「しかも保健室の全部…」

安心したのも束の間、一気に青ざめる三人にさも当たり前のように雷蔵は申し出た。


「あとは僕らに任せて、君達は早く伊作先輩達の所へ行っておやり。」

「雷蔵先輩…!本当にすみません、ありがとうございます!」

「礼はいいから、急げ!」

「はい!行ってきます!」


小さな背を見送りすぐに作業を再開させればあっという間に全ての洗濯物を取り込んだ。ひとまず抱えたものを長家の廊下にばさりと落とせば、廊下に少し湿った白い山が出来上がる。


「ちょっと濡れちゃったけど、すぐ乾くよね。」

「そうだな、この雨も通り雨だったみたいだしじきに晴れるだろ。」


三郎の言う通り、空を見上げればすっと晴れ間が現れどんよりとした曇り空は切れ切れに散っていく。雨足も次第に弱まりすぐにでも止んでしまいそうだ。

「ほら、三郎もいつまでもそこにいたら濡れちゃうよ?」

一足先に廊下に上がって手を差し出せば、ちらと太陽の陽光の中にキラキラと光るものを見つけてあれ?と声をあげる。


「日が出てるのに、雨が降ってる…。」


ふと記憶を遡り、ああそうだ、と閃いた言葉を口にしかければ、それは音にならずに口の中に留まった。
雷蔵の視界の端でばさりと白い布が翻えり、それを目で追えば全てがスローモーションのように、ゆっくりとゆっくりと時が進む。


藍の衣は純真無垢な真白い衣へ
山吹の髪は漆黒の黒髪に
薄い唇には艶やかな紅をひき
口元に称えた癖のある笑みはうっすらと慎ましい微笑みに



「"狐の嫁入り"、でしょう?」



聞こえた声は男のそれではなく鈴を転がしたような女の声で
己が高い位置にいることもあってか目元が角隠しに覆われその女の表情を全て伺い知ることはできないのだが、雷蔵の頬を朱く染めるには充分過ぎた。


「えっ、花嫁…さん?」


雷蔵の驚きようにクスっと笑みを零す様子がまた色っぽくて雷蔵がドキリと反応すれば花嫁の笑みが深い笑みとなる。それはそれは嬉しそうに、まるで悪戯が成功したような。


「なーんてな!見惚れたか雷蔵!」



その声を皮切りにパッといつもの日常が訪れた。
三郎は腕にぐるぐるとシーツを纏め変わらずのニヤニヤとした笑みを向ける。


「三郎だって分かってるんだけど…驚いた。まさか花嫁衣装までとは。」

「速攻で見せかけただけだから出来は悪いよ。でも雷蔵の赤面が見れたから大成功だ!」

「そりゃ別嬪さんだったからな。恥ずかしくもなるよ。」

「…嫁に貰うならあんな娘がいいのかい?」


先ほどまでの自慢の笑みはどこえやら、不安げに尋ねる彼に今度はこちらから驚かせてやらなければ。


「あんな別嬪さん貰えたら夢のようだけど」

ピクリと肩が僅かに揺れはしたが、じっと聞き入る姿勢は変えないらしい。こういうところは分かりやすいんだから、愛らしく思いながら言葉を続ける。



「あいにく僕はお前のそばにいたいから、お断りするね。」


まあ、三郎が、良ければ、なんだけど。


続く言葉は気恥ずかしさからぽつりぽつりと呟くものだったのだが、やはりこれも三郎には充分過ぎるものであったようで。



「もちろん、言わずもがな、だ!!」





そうやってこのお狐様は
底知れぬ愛で応えてくれるのだ。










「さあ雷蔵っ!誓いの口付けを!!」

「あ、保健委員の皆を手伝いに行かなきゃ!」

「そんな雷蔵も好きだ!!」













***

「伊作先輩、晴れてるのに雨が降ってますよー?」

「狐の嫁入りだね。日が出てるのに雨が降ると狐に化かされてるみたいだろ?」

「なるほど〜。」

「あとこういう天気の日には、狐が婚礼の花嫁行列を人間に見せないように降らせてるって説もあるんだ。」

「でも…僕達はそろそろ見つけて欲しいですね…。」

「うん…、そうだね。雨の中ずっと穴の中はつらいね。」


「「「「「誰かー!!助けてー!!」」」」」















*2010,08,28
鉢不破記念!!


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