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□〜プラネタリウム〜
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 俺は、病院の廊下の壁に、もたれかかっていた。じいちゃんに電話で継母の容体と亜梨沙の事を伝えると、フッと気が抜けてしまったのだ。そして、ふと窓の外に目をやる。相変わらず、この町の天気は微妙だな。空には雲が、ぎっしりと低い位置に並んで光を遮っている。見慣れた町並みを辿っていくと、完成間近のマンションを見つけた。数ヶ月前まで、そこの建設現場で働いていた。少し前の事なのに随分と懐かしく感じる。
「博人兄ちゃん!お母さんの退院の用意出来たよ。」
「ちょっと亜梨沙、大げさでしょ。一晩だけなんだから。」
 病室の方から継母と、継母のバッグを持った亜梨沙が歩いてくる。その後ろには院長の角田先生がいた。
「お久しぶりです。ありがとうございました。」
「おお。大きくなったなぁ。お母さん大事にな。」
 角田先生の掠れた低い声は変わらず懐かしかったが、白髪が増えていて、すっかり”おじいちゃん”だ。孫が亜梨沙と同級生だというから当然か。
 俺は、角田先生に挨拶を済ませて継母と亜梨沙と実家へと戻った。

 実家に着くと兄貴の姿はなかった。おそらく、継母と顔を合わせるのが気まずいのだろう。継母と亜梨沙はリビングのソファーに腰掛けて、先日までとは打って変わって仲良さそうに会話をしている。もう心配なさそうだ。
 俺は階段を上がって自分の部屋へと向かった。ドアを開けると静かな空気が充満している。家具のほとんどは東京に持って行ったので殺風景な状態だ。隣には兄貴の部屋がある。もっとも、この部屋で兄貴は一度も生活をした事はないのだが。部屋の中にはダンボールが山積みになっていて、中身は俺と兄貴の思い出の品々が詰まっている。幼い頃の写真、小学校の頃にもらった賞状や卒業アルバムなど様々だ。最近では亜梨沙の荷物置き場になりつつある。一応、ベッドがあるので寝泊まりするくらいは出来る。
 しばらく経ってから、俺は兄貴に電話をかけた。遅刻常習者の兄貴に帰りの飛行機の時刻に遅れないように念を押すためだ。
「もしもし。飛行機の時間、覚えてるよね?」
「おう、博人!その件なんだけど、俺さあ、明日仕事休みだから今夜こっちに泊まっていく事にしたんだよね。だから明日の便にしてくれない?」
 いつもなら兄貴の気まぐれに腹を立てて、言い合いになりそうな場面なのだが、今日は違った。俺も急いで帰りたくなかったからだ。
「そっか。じゃあ明日にするよ。俺も会社に明日休むかもしれないって言ってあるから。とりあえず変更したらメールするよ。」
 電話を切ると、俺はベッドに横になった。時間に余裕が出来て、何となく体中の力が抜けていったのだ。そのまま少しの間、眠りについた。

 俺は、携帯電話の着信音で目を覚ました。画面を見ると”谷本慎太郎”と表示されている。慎太郎は小中高の同級生で親友だ。
「もしもし……。慎太郎?」
「何だよ、まだ寝てんの?二日酔い?」
「いや、実は今、米子に戻って来てるんだ。」
 俺は、慎太郎に経緯を説明した。
「そっか。それで、お母さんは大丈夫なの?」
「点滴打ってもらって、かなり復活してる。それより慎太郎、何か用事があったんじゃないの?」
「大した用じゃないよ。仕事うまくいってるか気になってたから。今日帰るの?」
「いや、明日だけど。」
「マジ?今夜、香奈達と飲む約束してるんだよね。いつもの居酒屋で。もし来れるんだったら顔出してよ。みんな喜ぶよ。あっ!この前、懐かしいもの見つけたから持って行くよ。まだ俺も読んでないんだけど。」
「何だよ、それ?……まあ、いいや。とにかく今夜行くよ。」
「了解!じゃあ後ほど。」



 
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