another story

□〜プラネタリウム〜
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 翌朝、俺は兄貴と亜梨沙と一緒に、鳥取県米子市にある実家へと向かった。思えば兄妹3人だけで行動するのは、これが初めてだった。そんな兄妹水入らずの時間も、出発が早かったせいか3人共に機内で爆睡状態だった。やはり血の繋がった兄妹なのだ。
 空港に着き、タクシーに乗って30分弱で実家に到着した。
「久しぶりだなあ。すげえ綺麗になってんじゃん。」
 タクシーから降りた兄貴が、実家を見上げながら言った。
「そう言えばリフォームしてから、真人兄ちゃんは1回も帰って来てないもんね。でも、ちゃんと部屋はあるよ。」
 亜梨沙が玄関の鍵を開けながら答えた。
「どうせ日帰りなんだから、部屋なんて意味ないだろ。それにしても、”ただいま”って感じが全くしねえな。」
「何でもいいから早く上がれって。」
 俺は靴を脱いで、兄貴を家の中に追い立てた。
「水でもいい?」
 リビングに入ると、亜梨沙が冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。
「そんなのいいから、博人と一緒に早く病院に行って来いよ。」
「真人兄ちゃんは?」
「俺が行っても空気が悪くなるだけじゃん。分かるだろ?」
 亜梨沙はコップを持って少し俯いている。
「そうだな。じゃあ、亜梨沙連れて病院に行ってくるよ。兄貴は隣の佐伯のおばちゃんにお礼言っといて。行くぞ、亜梨沙。」
 兄貴と継母は”水と油”、生涯交わる事は無いと思う。だが、俺には兄貴の不器用な気遣いが痛いほど分かっていたのだ。

 実家から数分歩いた所に継母が入院している角田医院がある。院長には亡くなった両親が随分と世話になった。俺も幼い頃から風邪をひくと診てもらっていた。俺は、懐かしい院内の空気を感じながら、亜梨沙と受付を通り病室へと向かった。
 ばつが悪そうな表情で病室を覗き込む亜梨沙。俺は亜梨沙の背中を押して病室へと足を踏み入れた。
「亜梨沙…!博人も…。ごめんね、心配かけて。何ともないけんね。」
 大した事はないと分かっていても、病院で寝ている姿を見ると心配になる。
「一応、兄貴も帰って来てるんだけど。今、佐伯のおばちゃんの家に挨拶に行ってる。」
「……そう。」
 継母は、さほど表情を変えなかったが、少し微笑んだように見えた。
「じゃあ俺、ちょっと電話してくるから。」
 俺は、俯いたままの亜梨沙の背中をポンと叩いて廊下へ向かう。
「お母さん…。心配かけて、ごめんなさい。」
「お母さんこそ、ごめんね。心配かけちゃって。東京はどうだった?」
 継母と亜梨沙は、ぎこちない声で会話を始めた。一言一言を重ねていくうちに2人の表情が和らいでいく。
 俺は、この光景にガキの頃の自分と母親の姿を重ね合わせていた。何度も、何度も母親の見舞いに行った記憶はあるのに、何を話したのか、母親がどんな表情をしていたのか、全く思い出せない。小学校低学年だった俺には、母親の命が残り僅かだと知らされなかった。思春期には、この事を憎んだ事もあったが、今はそれで良かったと思える。受け入れようのない事実を知れば、怖くなって母親と顔を合わせられなかったかもしれい。どうなんだろう…想像つかないな。ただ、ひとつだけ分かったことがある。母親との最後の時間を思い出せないってことは、きっと、何でもない会話を繰り返して、笑い合って、どこにでもあるような母と子の姿だったんだと思う。目の前の継母と亜梨沙のような。

 ”ひとりぼっち”と”ひとりぼっち”。俺は昨夜のじいちゃんの言葉を思い出していた。淋しい響きなのに、心の中で温かく”こだま”していた。
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