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□〜プラネタリウム〜
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「もしもし…?」
 俺は見知らぬ番号に声を曇らせながら、店の表に出た。
「もしもし、博人君?佐伯のおばちゃんだけど覚えとる?」
「お久しぶりです!突然だからビックリしちゃいましたよ。どうしたんですか?」
 実家の隣に住んでいる町内会長なのだが、どうして俺の携帯番号を知っているのだろう。
「今日、町内会の集まりがあったんだけど、途中で博人君のお母さんが倒れなさってね。本人は大丈夫だって言い張るんだけど、一緒に近くの病院に行って診てもらったのよ。過労だから心配は無いらしいんだけど、一応点滴を打ってもらって一晩入院する事になってね。誰にも連絡して欲しくないって言うんだけど、博人君には一言伝えておこうと思って電話したのよ。」
「そうだったんですか。ありがとうございます。今、亜梨沙が東京に来ているんで、後で伝えます。ご迷惑をおかけしました。失礼します。」
 俺は頭を下げながら電話を切った。そして、店の前のガードレールに寄りかかりタバコに火をつけた。
 正直言って、あまり驚きはしなかった。この数日間、継母と何度も電話で会話したが、確かに生気のない声だった。亜梨沙との事で相当心労していたいたのだろう。なのに俺は、継母に優しい言葉のひとつもかける事が出来なかった。後悔…いや罪悪感に似た感情がジワッと心に伸し掛かってくる。だが、今は俺の事はどうでもいい。どうやって亜梨沙に伝えるかだ。とにかく戻って様子を見て話す事にしよう。携帯灰皿にタバコを押し込んで、みんなの居る部屋へと戻った。
 襖を開けると、みんなは楽しそうに食事をしている。亜梨沙の嬉しそうな表情を見ていると何とも言えない気持ちになる。継母が倒れた事を知ったら自分を責めるのではないか、そんな気がしたのだ。俺は、しばらく周りの雰囲気に合わせて時間が過ぎるのを待った。すぐに伝えたところで今は動きようがない。
 一通り食事が終わったところで、みんなに継母の事を伝えた。
「………という訳だから、亜梨沙は朝一の便で米子に帰れよ。」
「ちょっと待て。博人も一緒に帰ってやれ。真人、お前もだぞ。」
 じいちゃんが少し厳しい表情で俺と兄貴を見つめる。
「そうだな…。親が倒れたって言えば会社も休めるし、米子に帰ってみるかな。博人は明日休みなんだろ?」
 俺は兄貴の予想外な言葉に驚き、焦った。
「いや、そんなに大したことじゃないんだって。ただの過労だから。」
「博人!」
 兄貴は俺を怒鳴りつけると、”亜梨沙を見ろ”というように目配せをした。亜梨沙は口を堅く閉じたまま俯いている。少しの間、沈黙が続いた。
「亜梨沙は帰らんけんな。」
 やっと口を開いた亜梨沙は、誰が見ても強がっている様子だ。
「亜梨沙。帰ってあげなさい。」
 じいちゃんの厳しくて、それでいて優しい声が部屋中に響く。
「お母さんは、今”ひとりぼっち”なんだよ。亜梨沙は”ひとりぼっち”を知っている子だから…気持ちが分かるよな亜梨沙。」
「………。」
 亜梨沙の目から大粒の涙が、こぼれ落ちる。
「お母さんの事が嫌いなら、嫌いなままでもいい。ツンとしてたっていい。何も喋らなくてもいい。ただ、お母さんのそばに居てあげなさい。それだけでいい。」
 亜梨沙は唇を噛み締めながら黙って頷いた。
「博人。飛行機のチケット3枚予約しとけよ。金は俺が出してやるから。」
 兄貴は、そう言うと亜梨沙にポケットティッシュを差し出した。
「わかった。」
「よし!デザート食べて帰るか。」
 じいちゃんが抹茶アイスを差し出しながら亜梨沙の頭を撫でる。じいちゃんの笑顔と亜梨沙の笑顔。いつの間にか兄貴と俺も笑顔になっていた。
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