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□〜プラネタリウム〜
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「そうっすね。もう一度やってみます。」
 鳥取という言葉に反応して思わず横を向く。会社帰りのサラリーマン、おそらく上司と部下だろう。鳥取から出てきたという部下のサラリーマンは、俺と同い年くらいだろうか。人生のハードルかぁ。学生の頃は卒業とか就職といった、自分で決めたものではないが、次のハードルが見えていた。目の前の困難、その先の不安、それらを乗り越えるために悩んだり、それなりに努力もした。今の俺は、どうだろう。これといった夢や目標もないから、その先には希望も絶望もない。悪くはないが…良くもない。得体の知れない恐怖感が募る。
「お待ち遠さま。」
 おばちゃんの声と共に、豚肉の生姜焼きの美味そうな匂いが広がる。いつもなら、あっという間に平らげてしまうのだが、今日はなかなか箸が進まない。少しずつ萎れていく気持ちを噛みしめるように、ゆっくりと口へ運ぶ。さっき見た夢のせいだろうか。物事がマイナス思考だ。ようやく食べ終えた頃には、すっかりネガティブになっていた。吸いかけたタバコを元に戻し、席を立ってレジへ向かう。
「おばちゃん、ごちそうさまでした。」
「いつもありがとね。これ、よかったら持って帰って。」
 おばちゃんは、黄色くて小さな早生みかんを1つ手渡してくれた。嬉しかった。無性に嬉しかった。
「ありがとうございます!」
 萎れそうになった気持ちが生気を取り戻していくのが分かる。同時に、自分が思っていたよりも弱い事に気付く。人間は一人では生きて行けないのだと実感したのだった。
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