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□〜プラネタリウム〜
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 8月下旬。日曜日。下北沢駅前。
 俺はイライラしていた。
「相変わらず遅っせえな。」
 小言を呟きながら、改札口へと続く階段の方を見渡し、腕時計を確認する。そんな行動を繰り返して30分は経つだろうか。体に纏り付くモワッとした熱気、行き交う人波、見当たらない喫煙場所。それらが体感時間を倍増させている。待つのは苦手だ。
 そんな俺の目の前で、ストリートミュージシャンが軽快なミドルテンポで何やら歌い始めた。耳を傾けると、どうやら夏の思い出ソングらしい。夏かぁ…。
 小学生の頃、夏休みに入ると毎年のように、兄貴と一緒に東京へ遊びに来ていた。じいちゃんの家が、この下北沢にあるのだ。実家の鳥取県米子(よなご)市から飛行機で約1時間半、いつも空港には、じいちゃんが迎えに来てくれていた。そして、色々な所へ連れて行ってもらった。懐かしいな。
 携帯電話の着信音が鳴る。画面に表示された名前は、兄貴だ。
「もしもし!今、駅に着いたよ。どこに居んの?あっ、居た。」
 兄貴は、俺に一言も喋らせることなく、一方的に電話を切った。
 辺りを見回すと、駅の方向から、ゆっくり歩いて来る兄貴を見つけた。遅刻した事に悪怯れる様子はないようだ。
「博人!久しぶりだな。元気そうじゃん。」

 相沢博人(ひろと)、俺の名前だ。1週間前に東京に引っ越して来た。特に、やりたい事があって来たわけではない。だが、自分を、自分の周りの環境を変えたかった。地元では…色々な事があったから。そして、相沢真人(まさと)、俺の兄貴だ。歳は5つ離れている。兄貴は高校を卒業してすぐに上京した。俳優をやっていたのだが、芽が出ずに三十路手前で不動産会社に就職した。この遅刻常習犯が真っ当に働けているのが不思議だ。
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