作品置き場。

□お題小説。(7/7,9/23,10/9)
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お題『約束。』             
五月雨

「今夜星を見に行こう」
その日土曜日だというのに補講が入って講義に出ないといけなくなった私に彼女は開口一番そう言った。
「……なんで?」
大学前の門で待ち合わせをしていた私達。
今朝大学に行くと彼女はもう門の前で待っていた。
そんな彼女におはようと声をかけながら理由を聞く。
「え。だって今日七夕じゃない」
私が聞いたのがまるで不思議だというようにきょとんとしながら彼女は言った。
「今まで七夕とかそういうイベント全部無視してきたのになんで今更……」
大学三回生にもなって、と私は少し毒づく。
「だからじゃない。童心に戻るのもいいかなって」
そんな私に笑って言う。
そんなこと言うけど昔だってそんなことしたことないじゃないか。
いや、昔に…七夕の日に願い事した日はあったけど。
彼女とはもうずっと一緒にいる。幼稚園からお隣同士。
小学校も中学校も高校も。そして大学まで一緒。腐れ縁とか幼なじみとかいうレベルじゃない。
明るくて楽しい彼女は少しぼけた所もあるけどそれを全部私がそのぼけに突っ込む感じで。
今だってそうだ。
「そういやあの冒頭の台詞さ。何か聞いたことあるよね」
「あれがデネブ、アルタイル、ベガ……」
「あーやっぱりその歌かーってちょっと待て待てそれは著作権的に色々駄目だから」
「大丈夫だよー」
彼女は明るかった顔を一変、異様に影が落ちた顔になる。
「これはどうせお題に困った作者が必死で作った小説。こんなところまで著作権どうこう言う人はいない―」
「メタな発言もやめようか!」
これじゃますます歌が出てくる作品を真似た感じになってしまう。
そういうのはお呼びでない。
彼女はわざとらしく作っていた顔を上げ笑った。その笑顔がどうしようもなく眩しくて。私は彼女から目をそらして空を仰ぐ。
今日はあいにくの曇り空。
どう考えても星は見えなさそうだ。
「七夕っていうならまず短冊書いて願い事じゃない?」
だから私は提案してみる。
ほほう、と彼女は頷いた。
琴線に触れたらしい。
「でもさ、笹の葉あるかな?」
「今の時期なら花屋に売ってそうじゃない?」
「こうなったらあれだな、パンダからもらうか」
「……話聞いてた?」
「うん、笹の葉だよね」
「そこでどうして出所がパンダになるの」
「毎日笹ばっか食べてパンダも飽きてるでしょ?ちょっとぐらいならもらうのもありかなって」
「いやいやなしだよ!?
それはもらうじゃなくて盗みだからね?
何が悲しくて動物園の人気者のパンダから笹の葉を盗むみたいなので新聞に載らないといけないの!?」
「ばれなかったら問題なしだよ!」
「絶対ばれるから!!」
「うーんパンダはなしか……んじゃコアラならいいかな」
「ユーカリと笹の葉は似てないよ?」
「別にコアラはそこまで人気じゃないし」
「言及したいことはそこじゃない。そしてコアラに謝りなさい」
「ご、ごめんなさい。でもそれならこっそりもらえるかなと…」
「人気者とかいらない情報を言ったのは私が悪かった。
けど動物園から盗むというところから離れようか」
怒濤のつっこみを朝から教室に歩くまでの間、してしまった……。
異様に疲れた私に彼女は呟く。
「まあいざとなればベランダとかに短冊飾ればいいんじゃない?」
笹の葉関係ないじゃない…と突っ込む気力は最早私にはなかった。

『なんて願い事したの?』
『うーんとね。貴女が幸せになるようにかな』
『な。なんで私……!?』
『だって一番大切なんだもの。』
『何それ……』
『ねえ、七夕の日にちなんで約束しようよ、あのね――』
きっと私だけしか覚えてない何年前かの七夕の約束。
どうして今それを思い出してしまったりしたんだろう。
せっかくこうやってぼけてつっこむそんな漫才コンビみたいな関係を確立してきたのに。
でもその約束ですら彼女にとっては適当なものだったのかもしれない。

「まさか普通にスーパーに売っているとはね」
「ほんと、難しく考える必要なかったね!」
「あれは難しく考えるとかそういう問題じゃないと思うよ……」
大学の講義が終わった後、私たちは大学近くのスーパーに来ていた。
大学の講義は最後まであってもう夜が近くなっていた。
大学の近くでお互い一人暮らしの私たちはよくここに来て買い物をする。
そんな身近なところに笹の葉が売っているとは思わなくてちょっと拍子抜けしてしまった。
「私たちがさ、気付かなかっただけで毎年七夕やっている人達は知っているのだろうねえ」
彼女はしみじみと笹の葉を見ながら言う。
「そうだね」
私も頷く。後は短冊も付けたら立派な七夕だ。
「せっかく笹の葉も手に入れたしさ」
彼女は私をのぞき込むようにしながらそっと言う。
「私の家で飲み会でもしようよ」
「笹の葉あんま関係ないよね?」
「でも別に反対じゃないでしょ?」
「うん。むしろ賛成」
私は内心の動悸を見破られないように平然と言う。
でも少し嬉しさが滲み出てしまった。
彼女も嬉しそうに笑って。
私たちは笹の葉と一緒に酒やらお菓子やらを大量に購入した。
――彼女の家に行くのは久しぶりだ。
昔からほとんど一緒に遊んでいて大学まで一緒に進学した。
一人暮らしの家まで近い。
なのに一緒には住んでいない。
それどころかお互い暗黙の了解のように大学の授業が終わってからは離れていた。
同じ学部、学科、専攻だから講義はもろ被るしむしろそこでは一緒に居たというのに。
それは何故か―というところまで考えて彼女の着いたよという声に現実に引き戻された。
「あがってあがってー」
彼女は軽く言って扉を開ける。
少し汚いけど、と付け足して。
彼女の家はこれまでのように綺麗に整頓されていた。
汚いけどとか言っていつも汚かったことなどない。
「久しぶりじゃない家来るの?」
「そうだねー最近まで忙しかったから」
「文系は三回生になると暇になっていいよね」
「ね」
まるで学年のせいだったというように。
私たちはお互いわざとらしく疎遠になった理由を作った。
「ご飯も買ってきたし、ビール開けようか」
少し重たくなった空気を振り払うように彼女は缶ビールの蓋を開ける。
私は彼女の目の前に座った。
「えー。ビールあんまり好きじゃないんだけどなあ」
「ビールの味のよさがわからないなんてまだまだ子供だなあ」
「嫌いなだけよ苦いから飲めないとかじゃ……」
「それが子供っぽいんじゃないのー?」
彼女がからかうように私に言って机に置かれた目の前のビールをぐいっと飲む。
その様子になんだかかちんときて思わず叫んでいた。
「んな!?そんなことないし、飲むわよ飲んだらいいんでしょ!」
叫んだ私に彼女はにやっと笑って缶を突き出す。
「そそ、飲んでみたら美味しさわかるかもよ?」
……なんだかうまくはめられた気もする。
しかしここまで言ってしまって飲まないわけには行かない。
私は覚悟して一口飲んで――
「……あれ意外にいける」
「でしょ?ほら短冊も用意したから願い事も書こうよ」
予想外の美味しさに驚きながら短冊を受け取る。
彼女もペンを取って短冊を並べた。
暫くの間は二人して黙ってペンを綴る音が響いた。
そして私はもう2缶目のビールを空けていた。
「開けるペース早いよ?大丈夫?」
「全然、大丈夫!」
「顔赤くなってきてるけどな…本人がいうならいっか」
「うん、ところでねえ」
私は彼女をぐいっと見て短冊をひらひらさせる。
「何の願い事書いたの?」
「うーん」
彼女はすぐ私に見せてくれるだろうと思っていたら。
少し黙ってそしてゆっくりと呟いた。
「私の大切な人がみんな幸せになれますようにかな」
「……なんで」
自分でもわからず唐突に怒りが沸いてくる。
それをそのまま固めてぶつけるように。
思わず彼女に怒鳴っていた。
「自分の願い事なのに、なんで自分のことは飛ばすの?もっとさ、自分の幸せ願いなよ。いつもそう、昔っから貴女は……!」
言い過ぎた。
こんな小さなことで。
私は後悔するけどもう遅い。
どうすればいいのだろう。
どうしてこんなことを言ってしまったのだろう。
頭の中でぐるぐると思考が空回りして。
本当は、本当は。私だけを――。
そんな私を見て彼女は困ったように笑って言った。
「でもさ。そのみんなの中にもちろん入ってるんだよ?それどころかね。一番幸せになって欲しいのは貴女だよ?」
一瞬で怒りが霧散して。
恥ずかしさが湧き上がってくる。
「…そういうことをさらっと言わないでくれるかな」
ほんとに彼女って人は。
まさか、あの時と一緒のことを言ってくるなんて……。
それはきっと許されないのに。
可笑しいことなのに。
「ははっ顔真っ赤っ」
「うっうるさい」
きっと今茹で蛸みたいになっているのだろう。でも顔が赤いのは恥ずかしさだけじゃなくて……。
「一つ、約束して。」
「ん?」
あの時は彼女からだった約束を。
私はもう一度彼女に確認するように。
少し息を吸い込んで言った。
「一緒にいて」
「ずっと?」
「……ばらばらになるまでずっと」
「うん、いいよ」
あー私酔っている。
もう目の前がぼやけていて。
そんな約束は無理だとはっきりとわかっているのに。
言わずにいれなかった、なんて。
なんて愚かなのだろう。
それでも縋るように私は彼女の手を取った。
そうすれば変われるとでもいうように。
彼女は微笑んで私の手を握り返した。
「だいぶ酔ってるね。
普段ならそんなこと言わないのに」
「そうだね。だから、この約束も…酔いのせいってことにしておいてよ……。」
私はそう言って机に倒れ込んだ。

『約束しよう。いつか私たちがばらばらになるまでずっと一緒にいよう』
『約束っていうより願い事だね』
一生ずっと一緒にいられないからってさ。
そういって強がりの少女は言う。
そんな約束はいらないというように。
だから私は言った。
『大丈夫。織り姫も彦星もばらばらになってもお互い想ってるんでしょう?
ならそれだけでもいいじゃない。
ずっと一緒にいられた日々があるだけでもいいじゃない』

「あの日の約束を覚えててくれたんだね」
机に突っ伏して眠る彼女にそっと言う。
今でも変わってなんかないのに私は。
貴女と一緒にいられるだけで幸せなんだ。
だから。

『だからこの約束は酔いのせいにはしないよ。』
彼女がそう言った気がした。
でも気のせいだったのかもしれない。

明日からもまた一緒の生活、いや酔いが冷めたら元に戻るだろう。
それでも私も約束を果たそう。
今だけでも一緒にいよう。
一年に一回会うだけで上手に暮らせる人達がいるなら私たちだって出来るだろう。
それだけで、いいよ。
(完)
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