作品置き場。

□夏休みお題 42.白い風景画。
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42.白い風景画。
「・・・・・・すばらしい。」
国立美術館の一角。小さな展覧会が行われていた。
そこに別に絵が好きでもない私が立ち寄ったのは単なる偶然であった。
日課の散歩帰りの寄り道。
小さな展示室にひっそりと飾られていた絵。
今、私はその絵に完全に目を奪われていた。
別に絵の詳しい知識があるわけではない。
それでもこの絵は素晴らしいということぐらいはわかった。
その画家が描いていたのは教会だった。
繊細なタッチで描かれている美しい景色。
それでありながら雄大で何かを感じさせる。
私にはうまく表現できない、力というか何というか・・・・・・。
「この絵が気に入りましたか?」
いきなり横から声がして私は飛び上がりかけた。
「ああ、失敬。別に驚かそうとしたのではなくて・・・・・・。」
男はこの美術館の経営者だと言った。
「この絵は本当にいいですね・・・・・・。私はこれしか目に入りませんよ。」
私が興奮して言うと、彼は少し不思議そうな顔をした。
「ええ、まあ、そうですが・・・・・・。気づかないのですか?」
「えっ?」
私は彼の言葉を聞いてもう一度その絵をよく見てみた。
別に何もおかしいところはない。庭が白いぐらい・・・・・・。
白い?
「あっ・・・・・・白い!?」
私が叫ぶと彼はコクリと頷いた。
そうさっきは、信じ難いことに見落としていたのだが・・・・・・。
この絵は全体が白いのだ。
そう、全部が真っ白。
「この絵は全部が白いのですよ。・・・・・・だからあなたみたいに褒める人は初めてです。」
「でも・・・・・・この絵には・・・・・・色がついているように見えたのですが・・・・・・。」
「ああ、それが彼女の不思議なところですね。」
「彼女?この絵の画家は女性なのですか?」
「ええ。それもまだ弱冠十二歳ですよ。」
「十二歳・・・・・・。」
私はもう一度絵を眺めた。
その力強い絵を書いたのはまだ弱冠十二歳の少女・・・・・・。
しかしなぜ絵が白いのだろうか。
「その・・・・・・なぜ彼女は―。」
「白い絵を描くのですか。と聞きたいのですか?」
「ええ、まあ・・・・・・。」
彼はしばらく考えた後言った。
「まあ、あなたほどその絵が好きな人ならいいでしょう・・・・・・。
彼女はもともと普通の絵を描いていたのですよ。」
「普通の・・・・・・。」
「ええ。六歳で彼女は画家デビューをし、それ以来天才少女と呼ばれていました。しかし・・・・・・九歳の時に原因不明の病にかかり目がおかしくなってしまったのです。」
そう言えばそんな記事を新聞で見たような気がする。
だがそれが彼女のことだったとは。
まだ会ったことがないのに愛着がわくのはこの絵のおかげなのだろうか。
「奇跡的に彼女の視力は戻りました。でも・・・・・・“色”が戻ることはなかったのです。」
「色が?」
「そう。彼女には“白”以外の色が見えないのです。
人間も、植物も、空さえも全部白。医者や周りの人、そして本人が手をつくして治療法を探したのですが・・・・・・。
彼女に色が戻る可能性はないのです。」
「その病気にはまだ有効な治療法がないと?」
「ええ。まだ最先端の医療でも無理でした。」
「・・・・・・。」
そうだったのか・・・・・・。
私はまた絵に目を戻した。
さっき素晴らしいと言っていた私がなんだか情けない気がしてたまらなかった。
「・・・・・・喜ぶと思いますよ。」
「え?」
私の心を読みとったかのように彼が隣で微笑んでいた。
「彼女はあの日以来、悩んでそれでも画家に戻る決心をしました。世間に冷たい目で見られることもあると思うのです、
その・・・・・・白い絵は。でもあなたが褒めてくれたと知ったら彼女はきっと嬉しがってくれますよ。」
彼は私を慰めようとしてそんなことを言ってくれたのかもしれない。
赤の他人の私にそんなことを教えてくれた彼はきっと優しいし、彼女が好きなのだろう。
まるで自分の娘を語るようだった。
「教えてくれてありがとうございます。」
私はぶかぶかと頭を下げた。
「いえいえ。」
彼はそう言った後少しためらって言葉を言った。
「よければ・・・・・・その、彼女のために毎日この絵を見に来てくれませんか。彼女が喜ぶと思うので・・・・・・。」
私はそのつもりだった。
きっと頼まれなくても毎日来ていただろう。
「ええ。喜んで。」
私は彼をまっすぐに見て微笑んだ。
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