白黒姫

□牢獄の姫君
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「シェリア、おきてる?」

「…またきたのですか?クレア」



月から一番遠い場所。
闇の一族の国には今日も光は届かない。
しかし闇の一族は光などない暗闇でも生きて行ける。
光などなくても周りの物も相手の顔も手にとるように分かるのだ。



クレアは牢獄の奥に仄かに輝く炎に顔をしかめる。

光はどんどん近づいてきて、やがて目の前の鉄格子と幼い少女の顔を照らしだした。

「…やっぱりあかるいわ。けしてちょうだい。」

「それだとわたしはクレアのかおがみえません。」


お互いまだ舌足らずな口調で話すほど彼女達は幼い。
そしてその顔は細部にいたるまでまったくの一緒だ。

違うところは、髪と瞳の色だろうか。


「今日はお父さまとおでかけするのよ。」

「…まあ、」


驚いたようにシェリアは小首を傾げた。
その時に彼女の金に輝く美しい巻毛が肩から滑り落ちる。

空色の瞳をパチパチとまばたきさせてから、シェリアはにこりと笑った。

「帰ってきたら、ぜびお話しをきかせてくださいね。」

「もちろん、たくさんじまんしてあげてよ!」

ふふん、と満足気に胸を反らす。
その服装はよく見れば確かにいつもの物より上等だ。

しかし色はやはり黒である。

闇色の瞳を細め、短く切り揃えられた漆黒の髪をはらいクレアは踵を返した。

「いってらっしゃい。」

小さな後ろ姿に声をかける。
すぐにクレアは闇に溶けて見えなくなった。
再び周りは静けさに包まれる。

「………」

シェリアも鉄格子から離れ、奥にぽつんと置いてある質素な椅子に腰掛けた。




ここは闇の国、魔王の城にある牢獄だ。
あるのは椅子と机と1本の蝋燭だけ。



シェリアの母親、マリーネは長い間この牢獄に閉じ込められていた。

月の力と闇の力は相容れない。
マリーネは強大な月の力を持っていたため、まずは心を闇に染める必要があったのだ。



(おかあさまは、ずっとここにいた…)



窓も光もない闇の中。


母親を月の国から連れ攫い、闇に堕とし、子を孕ませた。
そして生まれたのが双子のシェリアとクレアである。

クレアは魔王の血を色濃く受け継ぎ、歴代最強とうたわれるほどに素晴らしいほどの闇の力を有していた。

だがシェリアは何故か容姿も力も心ですらも月の一族のものだったのだ。



最後の力を振り絞り、マリーネは自分の全ての月の力をシェリアに託した。









『お前のせいで、マリーネは死んだ。』









まだ1度しか会ったことないシェリアの父親、魔王は自分にそう言った。

シェリアはその時、他者の不幸を喜び、蔑み、悪の頂点であり闇を統べる魔王が、泣いているのを見た。

いや、実際には泣いていなかったのかもしれない。
しかし魔王の心は、確かに悲しみに満ち溢れていた。

魔王でありながら、母を本当に愛していたのだということがシェリアには分かってしまった。


分かってしまったから、ここから逃げるわけにはいかない。


クレアが闇の一族で歴代最強の力を有しているように、シェリアも月の一族で歴代最強の力をもっていた。

しかしその力は生まれてこのかた使ったことはない。
今までずっと、体の中に蓄積してきている。

魔王がシェリアをここに閉じ込めているのは、母親と同じようにシェリアも闇に染めようとしているからだ。

しかし、マリーネが牢獄にいた倍ほどの時間をシェリアは過ごしているにもかかわらず、彼女は自分が闇に染まることはない、と確信している。

闇の力がいくらこの牢獄に充満していようとも、いくら孤独で寂しかろうとも、きっと自分は闇には染まらない。

何故なら、それ以上に強い月の力をもっているからだ。


「たぶん、おとうさまはきづいているはず…」


その時自分はどうなるのかは、シェリアには検討もつかなかった。

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