* 捧げもの *
□『ゾノの葛藤』
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練習の後、倉持はあくびを噛み殺しながら洗濯室のドアを開けた。
洗濯機の数が寮生に対し大分少ないもんだから、大抵いつ来ても誰かが使っているのだが。
珍しく誰もいない洗濯室にちょうど良いやとドアを閉め、汚れ物を放り込むと洗剤とスイッチを入れて長いすに腰を下ろした。
ゴウンゴウンと回り始めた洗濯機の音をバックミュージックに持参した雑誌を開いて読み耽っていると、誰かが部屋に入ってくる。
洗濯はルーキーの仕事、という暗黙のルール上ここは一年連中の溜まり場なので、どうせ後輩だろうと倉持は顔も上げずに相手の第一声をそのまま待った。
「よぉ、珍しいやないか、お前がこないな場所におるなんて」
ちーす、だのお疲れさんです、だのという挨拶が掛かるかと思いきや、それは意外にも一年以上聞き慣れた関西弁。同級生の前園だった。
「沢村のヤツが実家戻っちまってるからさ。つうか、お前こそ珍しいんじゃねーの?」
「そうでもないで。ウチの部屋は自分の分は自分でやる主義やからな」
「んなの一年にやらせりゃいーじゃねーか。つうかお前も去年やってただろ?」
「…アホか、小湊にんなのやらせるわけにイカンやろ」
「あー…」
そうか、ゾノんトコの一年は亮介さんの弟だっけ。
何となく前園の言いたいことが解った気がして、倉持は顎を掻いた。
洗濯は一年の仕事、といっても部屋内の上下関係…特に最上級生である三年の性格に左右される。
倉持のトコのように沢村に丸投げ(といっても増子の指示ではなく倉持の仕業だが)するパターンもあれば、前園の所のように自分で洗う場合もある。
特に前園の部屋の一年は、あのブラコン亮介さんの、弟くん。
下手な事やらせて兄貴に乗り込まれたらたまったもんじゃない、という同室二人の気持ちはわかる。
倉持は沢村で良かった…思う存分使えるもんな、と他人事ながら同情した。
「ま、たまにはウチの沢村貸してやるよ」
「アホ、何勝手に言っとんねん」
「いーんじゃね?ついでだろ」
「ホンマお前が先輩やなくて良かったわ」
いつかの御幸と同じようなことを言って、前園も洗濯を始めると倉持の横に大きなため息をつきながらどかりと座り込んだ。
「でもま、沢村やったら気にせんでええな」
「だろ?使いたい放題、文句言ってくるトコもねぇし」
「せやな。パンツ洗われても気ィ使わんでええわ」
「は?」
パンツ?
思わず“ウチの弟にパンツ洗わせるなんて偉くなったものだね?”
という満面の笑顔が思い浮かぶが、いくらなんでもそりゃねーだろ…。
内心首を傾げる倉持に構わず、前園は何やら力説し始めた。
「せやから!アイツ華奢やし…、パンツとか、何か躊躇うやろ!?」
何でだよ。と思ったけどほんのり照れる前園の顔がキモすぎてそれこそ躊躇う。
返事がないのは同意と同じ。そう捕らえたのか前園は言い訳がましく更に続けた。
「一度やらせたことあるんやけどな、フンフン鼻歌なんぞ歌いながら自分のパンツ干されてみぃ、どうしたらええか解らんなるやろ!」
「……」
「男なんやから気にする必要ないんやけどな、くすぐったいつうか…、妙にイライラすんねん!あれならマネに洗ってもろた方がなんぼかマシや!」
「………」
「オイ聴いとんのか倉持!?」
おう、と疲れた顔で頷く倉持は自分の解釈が大きく間違っていた事に気が付いた。
コイツが弟に洗濯させないのは、亮介さんが恐ろしいからじゃない。
自分の理性がキレんのが怖いからだ。
「………ハァ」
倉持はバカらしくなって雑誌に戻る。
何やら必死に言い募る前園に、がたんがたんと鳴る洗濯機だけが律儀に相槌を打ち続けた。
-オワリ-
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