* 捧げもの *

□『天然とキスマーク』
1ページ/2ページ


…しまった。


二段ベッドの上段で目を覚ました亮介は、隣でまだ寝息を立てているあどけない顔を見下ろしながら舌打った。

明日は朝練がないから、と昨夜は弟を部屋に呼んで、いつものごとく同室の後輩達を追い出して。
しっかりコトに及んでそのまま寝てしまったのは…良い。百歩譲って。

桑田も前園も春市がここに来ていることは知ってるから、ひと晩帰らなかったぐらいじゃ大した問題にはならないんだけど…。



「これは…マズイ、かな?」


ぼそり、と呟きながら肌蹴た春市の脇腹の赤い痕を指でつつく。

以前こういった痕をつけて「着替えとかどうすんのさっ」と泣かれて以来、極力気を付けていたんだけど。
昨夜は久々だったもんだからついついタガが外れ、いつもは付けない痕を残してしまった事が悔やまれた。

それでも制服を着てしまえばまず見えるような位置じゃない。
クリスメモならぬ亮介メモによると、今日春市のクラスは着替えが必要な授業はなかったはずだし。


だったら危険なのは、朝の着替えと練習の前後、それに風呂だけか…。他のヤツはともかく、あの天然二人組みは何言い出すかわかったもんじゃないな。
一年二人を頭に浮かべ、どうしたものかと亮介は眉を顰めた。

伊佐敷や御幸、倉持は(何故か)自分を恐れてるから滅多な事は口に出さないけど、天然とは性質が悪い。あ、それをいったら哲も危ないな、と思いながら春市の肩を小さく揺すった。


「春市。朝」

「…ん」

「起きないと、もっかい襲うよ〜」

「ひゃあっ」


フー、と耳に息を吹き掛ければ、春市が素っ頓狂な声を上げてベッドの端に飛び退った。


「おはよ。元気そうだね?」

「何すんのさもー!」

「ナニは昨夜したじゃない」

「…そんなコト言ってないでしょっ」


カーッと頬を赤くして尖らせた口にキスをして、頭を撫でてやればふくれてたのが嘘のように春市は嬉しそうに微笑んだ。


『うん、これは気付いてないな』

笑顔の下でそう確信し、亮介は脇腹の痕をすっ呆けるコトを即座に決めた。


何しろ理性がなかったのは春市も一緒。脇腹と言っても敢えて見ようと思わなければ本人すら気付かない背中側。だったら告白しなくても大丈夫だろう…。

第一、下手なコト言って朝から騒がれても困るしね。


そんなことを考えながら、部屋に戻る春市の手荷物をまとめるのを手伝って、玄関口で頬にキス。
相変わらずこれぐらいで赤らむ可愛い弟の頭をもう一度撫でて、亮介はにっこりと微笑んだ。


「また後でね」

「うん」


嬉しそうに部屋から出て行く後姿を見送って、さて、と亮介はタオルと歯ブラシを持って外に出た。
寮の外に設置されている水場に行くと、同じ目的で集まった幾人もの中に帰り道に寄ったのだろう、さっき別れたばかりの春市の姿があった。

ホントすぐ後になっちゃったなぁ、と思いながらたまたま開いていたその隣に陣取って、タオルで顔を拭いていた弟に声を掛ける。


「春市」

「あ、兄貴。…ほんとすぐだったね?」


同じコトを思った春市が、周りを気にしながらくすぐったそうに耳元で笑う。
それに「だね」と答え掛けた亮介の上から騒がしい沢村の声が被さった。


「ひゃーー!何すんですかーーーっ!!」

「ヒャハハ!水攻めだ水攻め!」


倉持がチョロチョロ出した水道の口を指で塞ぎ、沢村に向かって攻撃を仕掛けたのだ。


「うわっ」


見事顔からTシャツからびしょ濡れになった沢村の右隣にいた春市が、しぶきを受けて亮介側に避難する。
逃げてきた小さな体を抱きとめて、亮介は奥の倉持に眉を吊り上げた。


「ちょっとお前等何やって、」

「やめてくださ……っだぁぁそっちもくらいやがれっ!」

「うわーー!!!」


浴びせられ続けてとうとうキレた沢村が、言葉の途中で反撃!とばかりに同じ攻撃を繰り出した。


だがしかし。

こんなところでまでコントロールの良し悪しが出てしまうのか、器用な倉持と違い沢村のそれは無差別攻撃だった。
右も左も沢村自身も水浸しになって、両隣の倉持と春市どころか亮介までもが水を被る。


「全部塞いでどーすんだぁぁ!!」

「冷たい!冷たいよ栄純くんっ」

「この…バカ!!」

「うはははは!道連れだぁぁっ」


ヤケのように笑う沢村に亮介のチョップと倉持のキックが炸裂し、ようやく静かになった頃には当たり一面水浸しになっていた。


「ったくいい加減にしろっ」

「お前もね!」

「ぐぁ…っ」


ちゃっかり被害者面する倉持の頭にも食らわせてやって、ヤレヤレと振り向いた亮介はその場にカチン、と固まった。

そこにいたのはTシャツを濡らした弟の春市。
もー、栄純くんは…と溜息交じりに呟いて、少しでも直に肌に触れない様にTシャツのすそを持ち上げている。

そう、持ち上げているもんだから白い脇腹が晒されていて。
野球なんてやってるくせに相変わらず白い肌は、女のコと見まがうばかりのキメの細かさ。

だから亮介もついつい吸い付いてしまうわけで。だからついつい皆も視線をやってしまうわけで。



「ん?どうしたの兄貴?」

「なんでも」


何も知らずにきょとん、と首を傾げる春市に咄嗟に微笑み、ばっちり晒された白い脇腹に浮かぶ赤い痕を隠そうと亮介がTシャツの裾に手を掛けるよりも早く、



「…ココ、赤くなってるよ」


いつの間にかやってきた降谷がつん、と問題の赤い痕のすぐ下に指を置いた。









その後はもう水遊びなんか比じゃないほどの惨劇で、結局原因となった倉持と沢村に八つ当たりをかまして憂さを晴らしたとか何だとか。







-オワリ-







次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ