* お題他 *
□『興味はある日突然に』
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必死の形相で倉持が部室に滑り込んだのは、とっくに練習が始まっている時間だった。
思った通り静まり返った部室のロッカーを開けて、乱暴に鞄を放り込む。
ライティングの授業中にちょっと寝てただけだってのに、居残りさせるなんてジャンのヤロウ、
「ぶっ殺す!」
「ええっ!?」
着替えながら毒づくと、すぐ側から素っ頓狂な声が上がった。
人がいたなんて思いもしなかったから、慌てて振り向くと明るい頭。コンビを組ませて貰ってる、亮介さんの弟くん。
「おと…小湊!お前いつからいたんだよ!?」
「…さっきからいましたけど」
不満そうな顔は、一瞬言い掛けてやめた呼び方にか、気付かれてなかった事に対してなのか。
やべぇやべぇと思いながら、「いたなら声掛けろよな」とブチブチ文句で誤魔化せば、すみませんと苦笑された。
でも、いくら急いでいたとはいえ、気付かないってのは悪かったよな。
しかもロクに喋った事もない先輩が「ぶっ殺す」とか言いだしたら、自分が言われたんじゃないかと焦るだろうし。
悪気はなかったとはいえ、無視した挙句のそのセリフ。亮介さんにでも相談された日には……シャレで済むとは思えない。
「その…、悪かったな。言っとくけど、さっきのはジャンに言ったんだぜ」
「あ、そうだったんですか…!…ええと、居残りとかですか?」
「あー。ちょっとイイ夢見ててよ、それで」
「なるほど。あの先生、よく見てますよね」
案の定ほっとした顔をみせて、その後で降谷くんもよく怒られてます、とクスクス笑う春市に、自然と倉持の動きが鈍くなった。
どうせ遅刻だ。今更急いだところで、走らされんのは変わんねぇし、弟くんとまともに喋ったの初めてだし。夏以降の事も考えて、少し情報収集しとくのも悪くねぇよな。
言い訳めいた事を考えながら、倉持は急ぎつつも滑らかに着替える相手をチラチラと伺いはじめた。
顔は…まぁ似てるっちゃ似てるな。性格は正反対で、髪の色は同じ。背丈も同じぐらいかな。体格はさすがに亮介さんの方がいいけど、それは今後に期待ってことで。
そういやコイツ、体力はまだまだだけど、守備はかなり上手いよな。それにバッティングもセンスあるし。……あ、コイツと野球したらどんな感じになるんだろ。結構面白いことになるんじゃねーの?
「あの、」
「へ?」
「何です、か?」
物思いに耽ってる間も、ジロジロ見てしまっていたらしい。着替え終わった小湊弟が困った顔で帽子の唾を深く下げた。
少し赤みの差した頬に倉持はニヤリと口角を上げる。
「悪ぃな。つい観察しちまってよ。そのうちニ遊間組むかもしんねーと思ってさ」
「………あの、」
「ん?」
「そのうち、じゃなくて」
複雑な顔をしていた弟が、突然きゅ、と顔を上げた。
何だよ、観察なんて言われて気分害したか?と思ったらそうじゃなくて。
「すぐに俺、先輩の相棒になりますから」
「!」
「『観察』し続けて下さいね?」
じゃ、俺行きます。とぺこりと頭を下げた相手に取り残されて、倉持はポカンと呆けてしまった。そして今度こそ一人きりの部室で笑いだす。
ちょっとからかうだけのつもりだったのに、こんな顔を見せられるとは思わなかった。
沢村と降谷に隠れてイマイチ目立たないけれど、一年で上がってくるだけの事はあるということか。
へぇぇ。
亮介さんと弟くん。
似てんのは外見とプレースタイルだけだと思ってたけど、負けず嫌いもどっこいか?
てことはさっきの不満そうな顔も、やっぱり『弟』って言われかけたからなんじゃねーの?
ひとしきり笑って、最後に帽子を目深に被る。
今まで亮介さんと合わせる事しか考えてなかったけど、今日は少し気にしてみるか。
そうだ、試しに小湊…は呼び難いから、春市なんて呼んでみてもいいかもしんねぇ。どんな反応するか見物だな、なんて口許を緩ませて、グラウンドを走る小柄な背中を追いかけた。
-オワリ-
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