* お題他 *
□『アナタが好きだから』
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さっきから、時計の音がやけにうるさい。
毎日同じ部屋で生活していて、気になった事など一度もないのに。
だけど今日はその小さな音ですら耳障りで仕方なくて、亮介は寝返りを打つと息を吐いた。
時刻は夕方。日の落ちはじめた外よりも、室内は一層薄暗い。
そのなかで洗いたてのタオルにくるまれた枕に頭を埋めて、瞑っていた目をゆっくりと開けた。
そして手の中の携帯を片手で開ける。
シンプルなディスプレイにはメールと電話の二つのマーク。受信数1件、着信は2件。留守録は、…ない。
「………」
開けようか、開けまいか。未確認のそれをじっと見つめ、結局携帯をぱたりと閉じた。
今まで気付かなかったわけじゃない。相手だって解ってる。
見て欲しくて、気付いて欲しくて、振り向いて欲しくて。
追いかけて追いかけて、ようやく想いを受け取ってもらえた…そんなヒトからの連絡を亮介はずっと拒んでいた。
ごろり、と落ち着かずに向きを変える。
うつ伏せになって、目を閉じて、白い携帯電話を弄ぶ。
高校の頃は、あのヒトから連絡があるかも、と毎日枕元に携帯を置いた。
そりゃあお互い忍ぶ関係だったから、連絡なんて滅多にないって解ってたけど。でも珍しい一回が今日じゃないって誰が言える?
たとえば、滅多に来ない無骨なメール。照れているのか、練習の時とは違うボソボソとした電話の声。出られなかった時は留守電入れてよって言ったのに、一度も入らなかったメッセージ。
それでもね、俺は嬉しかった。
あのヒトと繋がっていることが嬉しかった。
でもね、もう、出られないよ。
メールもいらない。電話もいらない。メッセージも残さなくていい。
だってお見合いするんでしょう?そしたら結婚するんでしょう?
『結婚?…監督が?』
『うん。部長の話しだと断れない相手なんだって』
『…へぇ、良かったじゃん。監督も結構イイ歳だしね〜』
『…兄貴』
言いにくそうに教えてくれた弟の声が、電話越しにも動揺してた。
付き合ってるよって言わなくてもさすが兄弟。何か感じ取っていたみたい。
俺に教えるべきかどうしようか、随分と迷ったらしくそれはお見合いの前日、つまり昨夜のことだった。
時計の針がまた小さくカチリと動く。
やけにゆっくりで、やけにうるさいそれが一音毎に時を刻む。
時刻は、夕方。
もうそろそろ顔合わせぐらい終わってて、これからホテルでご飯でも食べるのだろうか。
つうか、あとは若い二人で〜なんて残されても、絶対あのヒト無言だよね。どうしようもない。それじゃ上手くいくもんも行きやしないよ。
緩く笑って、ごろり、と思考から逃れるように向きを変える。
その途端手の中の携帯がブルブルと震え、飛び起きた亮介は抑え込むように握り締めた。
「…!」
着信、だ。
ランプの色が赤いから、あのヒトから。一発で解るようにと自分が設定した、あのヒトだけの色。
高校を卒業して、大学生になって。前より人目をはばからなくなったからこっそり他と差をつけた。その色に誘われるように携帯を開く。
「…っ」
やっぱり、見慣れた名前と電話番号。この登録名も大学に入ってから。
それを見つめ亮介は顔を歪めた。
こんなにマメに連絡してくるって、もう俺に伝わってるって知ってるんだね。
だから電話してくるんでしょう?
大丈夫。
何も言ってくれなかったアナタを俺は責めたりしない。だからこのまま、放っておいてくれたらいいのに。
そしたらいつか再会した時、昔みたいに笑ってあげられる。
それに、ああもう、ほんとデリカシーがない。お見合いの最中に、電話なんかしてちゃダメじゃん。
それともさ、こんなことして期待させたいの?それでもいいって言わせたいの?
もしかしておめでとうって言って欲しいの?
携帯を、ぱたんと閉じる。
やがて震えていたそれが静かになって、亮介は少し迷ってからもう一度電話を開いた。
ディスプレイに表示されたマークの下の数字が増えている。メールの受信数1件、着信は3件。留守録が、…1件。
「なんで…」
今まで一度だって入れたことないのに。
どうしてこういう時に登録すんの?デリカシーがないにも程があるって。
震える指を、再生ボタンの上に乗せる。
あのヒトからの最初で最後かもしれないメッセージに、声を聴いたら駄目だと解ってるのに逆らえなかった。
耳に当てるとザーっというテレビの砂嵐みたいな音がひたすら続く。
ようは無言。発信しても俺が出なくて、待っていたら留守電になっちゃって。切るに切れなくなったってところかな。
なんだ、と空しいようなほっとしたような、複雑な気持ちで留守電を切りかけて…そう、電話を切ろうとしたのに。
あのヒトの声が俺を呼んだ。
「何それ…」
こっちの気持ちを落として落として、留守電に期待させてでもやっぱり落として。
それで最後に名前を呼ぶの?
『亮介』って、ただ一言。言い訳も怒りもしないで、ただそれだけ声を残すの?
ねぇ知ってる?そういうのってずるいじゃん。極悪としか言いようがないじゃん。
涙が落ちる。
一滴、二滴。頬を伝う。
聴かなきゃ良かった。
だって聴いたらもっともっとって、側にいたいよって、ゴメン今日練習長引いちゃってさ、今気が付いたんだって。
取り繕ってしまいたくなる。
携帯を抱き締めて、ベッドの上にうずくまる。
頬を伝っていた涙がシーツに落ちて、このままあのヒトを想う気持ちも流れてしまえと嗚咽を漏らした。
永遠なんかない。
この恋に先なんてない。
あのヒトが時折遠い所を眺めてるのだって、本当は知ってた。知ってたけども。
練習の時の厳しい姿も、サングラスの下の優しい目も、大柄じゃないのに強い腕も、元投手だけある長い指も、抱き締めてくれる温かさも、絵文字一つない無骨なメールも、電話の時の静かな声も。
全部全部好きだった。少しでも長くと思うぐらい、誰よりも俺が愛してた。
だから、さよならを言うのも言わせるのも勘弁してよ。
アナタの望みどおり、自然とさよならしてあげるから。
アナタが好きだと言ってくれた、気の強い俺のままで。
アナタを自由に、してあげるから。
辺りが闇に落ちて行く。
少し開けた窓から入り込んだぬるい風が、震える肩をそっと宥めた。
-オワリ-
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