* お題他 *

□『ありがと さよなら またいつか』
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いきなりだけど、もっと身長があったなら、と思ったことは一度もない。

っていうか、そう思うこと自体負けてる気がするんだよね。
もう少し背が高ければ捕れたかもとか、もう少し体格が良ければ力負けしなかったかもとか、そんなこと考えてても仕方ないでしょ。

天性のものを持ってようが、活かせなかったら意味ないし。むしろハンデを背負ってそういう奴らに勝つ方が格好良いじゃない。
でもこういう気持ち、”持ってるヤツ”には解らないみたいでそれが一番むかつくんだよね。


『惜しいよなぁ、小湊って』

『何がですか?』


いっこ上の体格だけは立派な万年二軍が呟いた、ため息混じりの一言にダンベルを持つ手を止めて顔を向ける。
そう聞き返したものの言いたいことは解りすぎるぐらい解ってて、だから少しつっけんどんになってしまった。

大体筋トレしてる時に言われることなんて想像つく。あ、てことは聞き返したのは失敗だったかも。でもハンデとか思ってません、って答えて全然違ったら痛すぎるし。
そう考え直した直後、言われたことは予想通りだった。


『もう少しでかければかなりいい線いくのにさ』

『じゃあ何で先輩はレギュラーじゃないんですか?』


思った通りだからって、むかつかないわけじゃない。
とはいえその場にいた誰一人俺の反撃を予想していなかったようで、にっこりと言い返した途端トレーニングルームの空気が一瞬で凍りついた。

先輩の言葉は絶対。そんな典型的体育会系な野球部において、後輩が先輩に牙を向いたんだから当たり前。でもここに来て半年。散々言われ続けたその言葉に、堪忍袋の緒もいい加減切れ掛かったいた。
だけどそんな気持ちを知らない相手は、あまりのことにフリーズしたのか、たどたどしく言い訳を始めた。


『べ、別にそういう…!ただ俺は惜しいよなって言っただけだろ』

『そうだったんですか。すみませんでした』


後になって思えば、ここで殊勝な顔をするなり笑いを取るなりすれば良かったんだけど、この時はそんな気にさらさらなれなかった。
だから当然事態は悪い方にエスカレートする。


『……何だそれ!?馬鹿にしてんのか!?』


僅かなやり取りの間に再起動が終わったらしい。馬鹿にしてんのはそっちじゃん。と更なる反撃が飛び出す前に胸ぐらを捕まれロッカーに叩きつけられた。


『ぐっ…!』


がん!と背中が立てた激しい音に、傍観者共が慌てたように集まってくる。


『おい、怪我させたらまずいって!』

『うっせーな!一年のくせに馬鹿にしやがって…!!』


殴りかかろうとする腕を止めた二年は、ところが負けないぐらい怒りに燃えた目で俺を見下ろしてきた。


『俺等もむかつくのは同じだ…!
……でも、そうだ。見えないトコなら…』


ぼそり、と付け足された一言と氷のような眼差しの集合体に、さすがの俺の背筋もゾッと冷えた。

一軍は練習場。ここにいるのはそれに参加することを許されない二軍、それも自分以外は二年生。
夏が終わり、レギュラー獲得のための最後のチャンスに気が立ってる連中にとって、一度目の夏を終えたばかりの俺とは残された時間も焦りも違う。

そんなことは解ってたし、いつもならば表立って先輩に逆らうなんて馬鹿な真似絶対にしない。でも今日は無性に腹が立った。多分色々限界だったんだろね。
だから唯一自由になる目でぎっと睨みつければ、心強い仲間達に支えられた腕の力が格段に増した。そんな時だった。

場違いなほど明るい声が、張り詰めた空気を割砕いた。


『お疲れ様ですっ。タオル持って来ましたー!』


ドアを開けると同時に響いた透明な声に、奴等がはっと振り返る。この声は…藤原?


『藤原さん、タオルここに置いておけばいいの?』

『うん、ありがと』


マネージャーに荷物持ちでもさせられたのか、もう一つはいつか一緒に二遊間を守ろうと約束した俺の相棒、楠木文哉の声だった。


『…あら?どうかしたんですか?』


おかしなところに人が集まっていることに、藤原さんが訝しげにたずねた。
唐突な来訪者に気がそがれたのか、ロッカーに押し付けていた力が緩み俺はそのままへたりこむ。人垣の間に崩れ落ちた俺に気が付いた2人が慌てて駆け寄ってきた。


『どうしたの!?小湊くん!?』

『…いや、ちょっと頑張りすぎちゃって』


咄嗟についた嘘にほっとした藤原さんに謝って、差し伸べられた文哉の手を取り近くのベンチに腰を下ろす。


『まったく…!オーバーワークは駄目だってあれ程言ったでしょ!?』

『体力ないの気にしてるからって…。亮介らしくないんじゃない?』

『………ごめん』


苦笑する文哉の目に安堵と呆れと咎めるような色を見つけて、俺は一気に力が抜けた。それは身体的なものではなくて、精神的にはりつめていたものが抜け落ちた感じだった。
珍しい素直な言葉に驚いた表情を一瞬見せて、文哉は振り返った。自然な立ち姿で、一年三人を見つめる多くの瞳に頭を下げて口を開く。





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