* 亮春 *

□『それでは誘惑の準備を 〜 その後』
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春市の部屋を出て、数分後。
亮介は合宿中の溜まり場である、御幸の部屋のドアを開けた。


「どう?桑田。負けてる?」

「るせっ!…うわ、ちょ…待てっ!」

「ヒャハッ。じゅんちょーっス」


パットを壊しそうな勢いでガチャガチャ鳴らす桑田に対し、対戦相手の倉持は余裕の返事。
やっぱり思った通りの展開らしい。


「ふふっ。まぁ頑張って」


勝手に部屋に上がりこみ、壁に凭れて手近な雑誌をぺらりとめくる。
特集記事のチェックをしはじめた亮介の目の前に、ペットボトルがぶら下がった。


「御幸」

「どーぞ」

「ありがと」


にっこり笑顔で差し出され、亮介も笑顔で手を伸ばす。
冷蔵庫から出したてのポカリはひやりと冷たく、程よく喉を潤してくれた。
そのまま雑誌に戻りかけ、亮介はついと視線を上げる。
さっきから御幸がじっとこちらを見つめてて、何か言いたげな視線が気持ち悪いったらありゃしない。


「何?これ、御幸の読みかけ?」


なら返すよ。と差し出せば、意味深な笑いを浮かべた御幸が首を振った。


「いえ、そうじゃなくって」

「じゃあ何さ」

「亮介さん、弟くんのところに行ってたんでしょ?」

「…それが何?」


不覚にも、ワンテンポ遅れて亮介が微笑む。


「いや、何だか楽しそうだなー、と思いまして」

「そ?別に普通だけど?」


そう答えてから、亮介は不意に小首を傾げて御幸を見上げた。


「…あー、でもそうかも」


曖昧な笑みを艶やかに変えた先輩に、やっぱりなと御幸は口角を引き上げた。


「でしょ?」

「うん。さすが御幸。鋭いねぇ」

「まぁこれも仕事柄ですかね?…で、何かあったんですか?」


ゲームの機械音以外、部屋中の雑音が一瞬消える。
辺りの興味を一身に受けていることを自覚しつつ、何食わぬ顔でペットボトルを弄びながら亮介は答えた。


「ちょっとね。いぢめすぎちゃったかなーってさ」


そう言いながらも、初回の揺さぶりとしてはまぁまぁなんじゃないだろうかと亮介は思う。
今回はあそこまでやるつもりはなかったものの、兄弟のようなそれ以上のような、そんな関係に終止符を打つには格好の滑り出し。
緊張と動揺と嬉しさに縋ってきた熱い手を思いだし、ふふふ、と零せば興味津々の御幸があちゃー、と声を上げた。


「弟くん、可哀相に」

「ん、何?御幸が慰めてあげる?」

「…イエ、遠慮しときます」


それは間違いなく美味しいけれど、そんな真似をしたらこのお兄様が黙っちゃいない。きっと想像を絶する報復が待っているに違いない。
より強調するため両手を上げて“結構です”とジェスチャーを加えれば、「賢明だね」との機嫌の良いお言葉が返ってきた。

観察力に優れる御幸でも、常にニコニコと笑顔を浮かべる亮介の心を読むのは難しい。
ただし自覚の程は定かじゃないが、こと弟に関してはポーカーフェイスが崩れる傾向にあるようだ。
何しろ他人に然程興味を持たない亮介が、厳しい発言(キツイと厳しいは大いに異なる)をするのは春市にだけ。同じポジションだと言うのに、アドバイスを与えるのも春市にだけ。
冷たい素振りの後にそっと様子を見守っている姿を知っている面々としては、血は水よりも濃いというか、鬼の目にも涙というか。

しかも最近その愛情が、兄弟の域を出ているような気がしてならない。
ともかく下手に関わりあいになっちゃならない、と決意を固める連中の中でただ一人、将棋盤に向かっていた結城が口を開いた。


「好きな子を構いたい気持ちは解るが…。もう少し解りやすく接してやったらどうなんだ?」


勇気あるその発言に、さすがキャプテン!とばかりに室内がどよめく。
それに動じるどころか否定もせずに、亮介が心外だと唇を尖らせた。


「えー、もの凄く解りやすくしてるつもりだけど?」

「どこがだよ」

「だって哲も純も御幸だって気付いてるでしょ。なのに解らない春市が悪いんじゃん」


寝転がってマンガを読んでいた伊佐敷のツッコミに真顔で返し、しっかりと周囲を牽制する亮介に皆が思う。

兄弟でも恋人でもどうでもいいけど、ともかくさっさとまとまってくれ―――と。







-オワリ-






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