* 亮春 *

□『You are my angel』
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夕食後。少し離れたコンビニまで派遣した、パシリ隊の帰りがやけに遅い。
ったく何やってやがんだと時計を見れば一時間以上経っていて、苛立ちを通り越して心配になってきた。
…それは余計なトラブルに首つっこんでんじゃねぇだろうな、とかそういった意味で。


「…マジで遅ぇな、アイツ等」

「っスね。まー弟くんが一緒ですし、そろそろ戻って来るんじゃないスか?」


さっきまで散々帰ってきたら“指導”っスね!と喚いていた倉持も、伊佐敷の心を察して時計を見る。
パシリに出されたメンバーは、例によって沢村、降谷、そして小湊弟。二人だけじゃアヤシイが、倉持の言う通り亮介の弟がいるなら滅多なことにはならないだろう。
そう思い直して手元の雑誌を読み始めれば、不意に部屋主の御幸が「純さん」と声を掛けてきた。


「あ?」

「帰ってきたみたいですよ」


何、と玄関を振り向くと、確かにガヤガヤと騒がしい声が聞こえてきて、ノックの後にドアが開く。


「スンマセン、遅くなりやした〜!」

「遅ぇぞお前等!…お、何だ亮介、お前も行ったのか?」


ジュースや菓子が山ほど入った袋を下げたパシリ隊のメンバーが、出発時より増えている。
そのプラスアルファに声を掛ければ、いつもの笑顔が返って来た。


「うん。そこで偶然会ったからさ。一緒に行って来た」

「あー…。通りで遅いと思ったぜ」

「俺は先帰っていいよって言ったんだけどね?」


と言って亮介は、にっこり笑顔で二人を見た。当然そこに愛する弟は入っていない。というよりむしろ、全く気の利かないヤツ等だよね、との声が聞こえてきそうな顔である。

小湊弟がいれば安心なんて思っていたが、このブラコンが絡めばむしろ逆。戦く二人と慌てる弟と微笑む兄。他校と揉め事を起こすより遥かにマシだが、滅多な事には変わりない。
伊佐敷はガリガリと頭を掻いた。


「あーもう後輩を脅迫すんな!つうかお前がさっさとすりゃ良かったんだろうが!」

「単に空気読めってだけの話じゃん。それに、なに?早くしろって、純は俺をパシらせたいワケ?言っとくけど俺は高いよ?」


開いたスペースに座りかけていた亮介は、わざわざ伊佐敷の前に移動すると仁王立ちでふふふと笑う。
得体の知れない黒笑みに、そんなんじゃねぇ!と伊佐敷は不本意ながらも声を上げた。

以前こういう場面で頷いて、後々とんでもない目にあった事がある。
それ以来亮介が高い、と言った時には即刻引き下がるべし。と伊佐敷は経験上学んでいた。


「何だ残念。代わりに純にしか出来ない事をやってもらおうと思ったのにな」


何やらコワイ事を言いながら、腰を下ろすと片手に持っていた買い物袋に手を入れる。
ジュースを出してスナック菓子を出して、最後にビニールに入ったハンドタオルを目立つように膝に乗せた。


「あれ、兄貴タオル買ったの?言ってくれれば予備あったのに」


全員に配り終えて亮介の隣に座った春市が、早速水色のそれに反応する。
実家から送られてきた荷物の中に、確か新品のハンカチがあったはず。
引き出しの中身を思い浮かべていた春市に、亮介はそういうんじゃなくて、と続けた。


「商品名が気に入ってさ。つい買っちゃっただけ」

「え、どんなの?」

「ええとね、こういうの」


早速弟と別世界を作り始めた友人の笑顔に、これはさっきまで俺達を脅していた小湊亮介か?いや別人だよな?と伊佐敷が渋い顔をする。
そんなことは端から無視して、亮介はハンドタオルを春市に見せた。

差し出された包装の下部に書かれていたのは『天使のほっぺ』。肌触りの良さを容易に想像できる品名ではあるが、亮介が選ぶにしては可愛らし過ぎる。
その意外性に春市はふふと頬を緩めた。


「兄貴、こういうの好きだったんだ」

「別に?」

「えーじゃぁ何で?」

「だってさ、」


言いながら亮介はビニールを破く。中のタオル生地に手を触れて、なーんだ、と呟いた。


「どうしたの?」

「期待したほどじゃないや」

「手触り悪い?」

「いやそうでもない」

「?」


不思議そうな顔をする弟の顔を、亮介が機嫌よく覗きこんだ。
それに伊佐敷他、亮介の表情を見てしまった全員が嫌な予感を覚えたが、肝心の春市がじゃあ何で?と首を傾げたもんだからどうしようもない。

ちょっと待て!それじゃ亮介の思うツボだ!と伊佐敷が頬を引き攣らせた直後。
亮介の細い指先が、ふんわりと赤く染まった春市の頬をぷに、とつついた。


「あ、兄貴!?」

「天使のほっぺって言うからには、春市のほっぺたぐらい柔らかくなきゃね?」


なおもぷにぷにつつきながら、亮介は満足そうにニッコリ笑った。








えー、兄貴だって柔らかいじゃん(ぷにぷに)、春市の方が全然柔らかいよ?それに天使って言ったら春市のコトに決まってるじゃない(ぷにぷにぷにぷに)、などと、ふわんふわんハートマークが飛び交う部屋で。


「………さて、自分とこ戻るかな…」

「俺も…」

「いや置いてかないで下さいよ…」


ゲンナリする周囲を他所に、ラブラブ兄弟の拷問に近いいちゃつきはそれからしばらく続いたのだった。







-オワリ-






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