* 亮春 *
□『Do・na・Do・na』
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練習の疲れと満腹感で、眠気が襲う昼休み。
春市は窓際でうとうとしている降谷の肩をぽんと叩いた。
「起きて、降谷くん。次移動だよ」
「……うん」
頭の中は起きているのか眠ってるのか。ぼんやり立ち上がった背中を押して、教室を出る。
最近やたら見かけるチア部の三年生に頭を下げて、春市は移動のついでに隣のクラスを覗き込んだ。
「あ、栄純くんまた寝てる」
机によだれを垂らさんばかりに爆睡しているルーキー仲間にくすりと笑う。
(降谷くんも栄純くんも頑張ってるもんね)
朝からタイヤを取り合う姿を思い出し、俺も頑張らなきゃ、と授業道具を抱えなおしたところで、はた、と気がついた。
「…あ」
「…どうしたの?」
「電子辞書。兄貴に返すの忘れてた…」
昨夜、大量に出た英語の課題をやつけようと机に向かった春市は、学校に辞書を置いてきた事に気がついた。
仕方なく同室の先輩に借りようとしたものの、桑田も前園も持ってない。
困った春市は、ドキドキしながら兄を訪ね…。借りたはいいが、すっかり返しそびれていた。
今朝催促されなかったということは、今日は辞書を使うような授業がないのかも。
でも兄貴も忘れてただけかもしれないし…。
「どうしよう。今からでも返しに行った方がいいよね?」
そうすべきだと解っていても、すぐさま行こうという気になれない。
兄弟や部活の先輩達がいるとはいえ、一年生にとって三年の教室は未知の領域。なかなかハードルが高いのだ。
それでも気が付いた以上見て見ぬフリは出来ないし、自分のせいで亮介が忘れ物をする派目になったら大変だし。
右手の時計に目を落すと、始業十分前。
移動教室はすぐ近く。三年の教室までダッシュで往復すれば行って帰ってこられる…かな。
「ごめん、降谷くん。先行ってて!」
「じゃ、運んどく…」
「ありがとう!」
降谷の教科書の上に自分の分を重ねると、春市はくるりと踵を返した。