短編
□特別
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走らせる車の中で、煙草に火を点けようとライターを手にしたが、ライターは俺の手をすり抜け座席の下に、滑り落ちた。
「チッ!!!」
車を止めてライターを探せば済むことなのに、それさえも癪に触る。
火の点いていない煙草を加え、フィルターをギリギリと噛み締める。
数時間前の事が頭をよぎる。
今日は久しぶりに愛しい恋人と、逢う約束をしていた。
滅多と無い二連休。何処に行きたいかと、尋ねれば 「ドライブしてぇ」 と、答えが返ってきた。
柄にもなく昨日は眠れなかった。二人きりっで遠出なんて、初めてで嬉しいやら、少し恥ずかしいやらで胸が高鳴った。
なのに今、俺は一人。助手席に愛しい恋人の姿は無い。
銀色を迎えに行った…アイツは笑ってた。
その微笑みはとても綺麗で… でも…
その綺麗な笑みは…俺一人の物じゃ無くて…
「土方。早かったな!」
銀色が俺に気付き手を振る。
お前の周りには何時も、沢山の人がいて… その人達に… お前は… 綺麗な笑みを見せる。
俺もその中の一人…
ドロドロとした物が… 溢れ出す… 汚い物… が俺を覆い尽くす。
銀色が近付き俺に手を伸ばしたが、思わず払いのけた。
ビッグと銀色は躯を堅くし、俺を見る。
「どーした… ?」優しく問われる。
「悪りぃが… 今日の約束は… 無かったことにしようぜ。」
俺を見詰める銀色の瞳は優しい。思わず逸らす。
背を向け車に乗り込む。銀色は何も言わずに、俺を見送る。
それから、馬鹿みたいに車を走らせた。行く宛など無いのに…
車を脇道に停め座席の下から、ライターを取り出し、煙草に火を点けた。
思いっ切り吸い込み、紫煙を吐き出せば澄みきった、綺麗な星空に消えていく。
初めは一時でも一緒に、肩を並べるだけでもいいと想ってた。
アイツの武士道に惚れ、アイツの全てが俺を魅了し、アイツの存在が俺の中で、ドンドン膨らんで…
隠して終いたい程になって… あの紅い瞳に俺だけを映し…
俺の名を呼んで…俺だけを見て欲しい…何て… 本当に…馬鹿だ俺は…
アイツにはアイツの世界があって…護る者も沢山ある。
俺にも… アイツと同じで護り抜かなければならない… 者が沢山ある。
俺が仕事で連絡さえもしなくて… ただ忙しいだの… 出張だの… 会議だの…
だけど… 銀色は何も文句を言わずに…待ってる…
今日だって… すんげー楽しみにしてるって… 約束をした時銀色は言ったのに…
それを俺の醜い嫉妬と、独占欲が全てを台無しにして… 銀色を悲しませた…
どんなに遅くなっても、俺を待っていてくれる銀色…
どんな俺でも優しく、包み込んでくれる銀色…
俺はそんな銀色の優しさに、甘えてばかりで… ガキ…すぎて… 情けない…
こんな情けない俺を…銀色は許してくれるだろうか…
あの温かな微笑みを見せてくれるだろうか…
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