ー外伝ー【もう一人のトラブルシューター】
□第2撃【伝説の星・2】
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二曲目がおわるとようやくひと息ついて、神宮寺はマイクを握った。
「今日はこんなに集まってくれて、ありがとな。ここにロックミュージアムをつくるおれたちの計画は、順調に動いてる。おまえら、うしろを見てみろ。」
ガキどもが振り向いた先には、どこかの銀行のスーツ男がたまっていた。
「あそこにいるのが、建設資金を融資してくれる銀行の担当者。お前たちと同じでロックが好きないかれた融資係だ。拍手!」
こんなときにはどんなお堅い銀行員でも、ほんのすこし頬を赤くするものだとあたしにはわかった。
神宮寺はギターを鳴らして、ステージに注目を集めた。
「次で最後だ。久々に新曲、きいてくれ。タイトルは…『おれはいくよ』」
重いレゲエのバックビートが刻まれてその歌が始まった。
内容はほとんどノンフィクションだったわ。
とうにピークをすぎて、くだり坂をしのいでいく中年男が主人公だ。
生きることのスリルが消え失せたあとの人生についての歌である。
二十五年の不遇をなんとか生き延びて、それでもまだ見ぬ明日に向かって、おれはいくよと神宮寺はうたっていた。
なにもかも捨てて、おれはいくよ。
空と海の境のないところに、おれはいくよ。
液晶画面のないところに、おれはいくよ。
子供は子どもで、男は男で、女は女である場所におれはいくよ。
六十年代フォークのようなレゲエバラードを、神宮寺は全力でうたっていた。
それは聞くもの自分自身の未来を考えさせずにはおかない歌だった。
あたしは横を向いてタカシさんを見た。
この池袋のギャングの王さまの未来にはなにがあるんだろう。
果物屋の店番のあたしには、どんな将来がまっているのかしら…
目が合うと、タカシさんはゆっくりとあたしにうなずき返した。
それは…小さく笑っていたようにも見えた。
氷の結晶のように儚くとても冷たい笑顔、きっとこれだけで池袋にいるほとんどの女を悩殺して、男でも魅了できるだろう。
あたしはなんとかその一歩を踏み止まっているタイプ。
まぁ、どちらにしても、神宮寺のようにまえにすすむ意思がある限り、そいつは決して悪くはないはずよね。
そう思わせてくれる歌だった。
あたしたちは変わらざるをえないし、いやでも明日の夜明けはきてしまう。
だけど……どんな状況よりもそれを積極的に受け入れようとする人のハート(心)のほうが強いはずだ。
あたしは百万枚を売ったという『涙のサウダーチェンジ』よりも、新曲のほうが断然気に入っちゃった。
もう、耳コピ完了したし。