ー外伝ー【もう一人のトラブルシューター】

□第2撃【伝説の星・2】
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あたしはステージのまんまえに場所をとった。
椅子なんてないから、冬空のしたオールスタンディングのミニコンサートだ。

「お前は何処にいても目立つな。」

「あ、タカシさん。」

急にあたりが冷え込んだと思ったら王様の虎琥狗崇さんと右腕(?)の本郷千春さんがいた。

「そのギターたまには置いておけないのか。」

「これは、あたしの魂ですから。」

タカシさんと本郷さんが小さく笑った。

右にはキング、左には最悪な事に母がいた。

どこから引っ張りだしてきたのか…ボマージャケットを羽織って、ぴっちぴちにタイトなスリムジーンズをはいている。

足元は赤いラメいりのサンダルだった。

タカシさんはあたしの耳元でいった。

「おまえのおふくさん、エンペラーのレディースだったのか」

あたしは王に負けない威厳をもって答えた。

「今度、母についてなにか感想をいったら。アナタでも殺しますよ。タカシさん。」

キングは口の中でも笑って一言だけいった。

「つぎからは「さん」はつけるな。」

誰にだって秘密にしておきたい恥部はあるのだ。
そのときドラムセットとアンプだけがおかれたステージに男たちがかけあがった。

ギターが二本に、ベースとドラムのシンプルなカルテットだ。

挨拶もなにもなく、ドラマーがスティックを打ち合わせてカウントを四つ刻み、いきなり『涙のサウダーチェンジ』のイントロがはじまった。

母があたしの耳元で叫んでいる。

「タカさーん!!」

あたしはうんざりして、周囲を見回した。

誰でもが知っているヒット曲には、特別な力があるものね。
静かだった客がうねるように動きだし、三百人近いガキがみなまえかがみになっていく。

すぐに手拍子がはじまった。

神宮寺はざらりと耳に残る声でうたい始めた。
もう何千回とうたっている歌なのだろう。

だいぶゆとりがある。
けど、それでも一生に一曲できるかどうかという音楽なのは十分に伝わってくる。

なんていうか…すべてがきちんとはまっているのね。歌詞はこんな調子。

別れを決めたカップルがドライブをしている。
思いでの高速道路は真夜中の空に続いていく。

つぎのインターチェンジがきたら、高速をおりて街に帰ろう。そこで、さよならだ。

そう決心したのに、男も女もなぜかレーンをはずれることができない。
いつまでもクルマは夜を走り続け、ふたりはシフトレバーのうえで重ねた手を話せずにいる。

そこでサビになる。
涙のサウダーチェンジ。
誰も降りられないインターチェンジ。

若いリードギタリストのソロが鮮やかに決まった。
あたしが生まれるまえに、母はこの曲でどんな思いでをつくったのだろうか。

音楽には…時間と場所を瞬時に超える魔法の力がある。

あたしは半分あきれ、半分憧れてステージのベビ革ジャケットを眺めていた。
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