ー外伝ー【もう一人のトラブルシューター】
□第2撃【伝説の星・2】
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土曜日はいうまでもなく快晴だった。
というより東京では十二月のなかばから雨はまったく降っていないのよね。
あたしが特別に天気のことを書かないときは、すべて晴れと思ってもらえば間違いなし。
うちの果物屋は店番がいないので、開店を遅らせることになった。
いつもは十一時くらいにあけるけど、あたしの母も神宮寺のギグを見に行きたがってしまい。
めかしこんだ母を置いてきぼりにして、あたしは三十分まえに家をでて、歩いて東口の空き地に向かった。
前回来たときより、フェンスが大きく開かれていた。
空き地の奥には、鉄パイプと足場板で即席のステージが組まれている。
すでに予定の半数以上のガキが集まっていた。
腰ばきしたジーンズに、ゴリラが着るようなサイズのスエットシャツやフィールドジャケット。
女はふたサイズはちいさなトレーニングスーツで、身体の凹凸を強調している。
なかにはこの寒空のした上半身はパッドいりのブラだけなんて人もいる。
レゲエクラブと勘違いしているのだろうか。
あちこちで親指を立てた握手をしているS・ウルフボーイズ&ガールズのなかに、アタッシェをもった紺のスーツの集団が小さくなっていた。
あたしはステージの裏手にまわった。
腹のたるんだリーゼントの巨漢が立ちふさがる。
「なにかようか?ここからは関係者いがい立ち入り禁止だ。」
…むさくるしいから、男性には素肌のレザーはやめてほしかった。
あたしはボディーガードの胸毛に向かっていった。
「宗方リッカだけど、神宮寺さんに話があるの。」
「おう、リッカ。よくきたな。」
神宮寺はあのベビ革のジャケット姿だった。
肩から白木のフェンダー・テレキャスターをさげている。
ちなみに、あたしが背負ってるマイギターはギブソン・フライング。
「ほら。」
かなりの厚みのある封筒をあたしのほうに差し出した。
受け取ってスカートのポケットに突っ込む。
「なかは新聞紙かもしれないぞ。中身を確かめないのか。」
あたしは黙ってうなずいた。人を信じるときには、信じるしかない。
どれほど疑ったところで、人の心の底なんて読めるはずがないのだ。
神宮寺はまぶしいものでも見るように、あたしに目を細めた。
「おれも昔は、おまえみたいなところがあったよ。S・ウルフの王さまにもよろしくな。今日のギグを楽しんでいってくれ。なんなら一曲やってくか?」
神宮寺はプラグをつないでいないギターでコードを鳴らした。
シャランと澄んだ風鈴のような音がする。
ネックの付け根のあたりがわき腹にかすっただけで、おおげさに顔をしかめた。
「イタタ……」
あたしは不思議に思って、聞いてみた。
「どうしたの。神宮寺さん、どこか痛むの?」
やつはわき腹を押さえて顔をあげた。へへっと笑って見せる。
さすがにチャーミングな笑顔だった。
こいつであの若いバックシンガーを落としたのかもしれない。
「いや、別に。おれは三十年もうたっているが、いまだにステージのまえには緊張して腹が痛くなったりするんだ。じゃあな、おふくさんにもよろしく」